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エピローグ [登山]

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「正則の山行記録3」に山行記録を第1回から第300回までを纏めました。私の山行記録の総集編の前編となります。読者の皆様に少しでも分かりやすいように下記に目次を示しました。今振り返ると、同じ山を何回も登っています。登山をくりかえしているうちに、目標を持ち、人生のメリハリを付けたいという気持ちから、日本の山を隅々登ることにしました。最初は3000メートル級の山を制覇すること。これは達成し、次に各都道府県の最高峰を登ることです。現在進行中です。この次の目標は時期がきたら考えたいと思います。
プロローグ:山を生涯の友とする
第1回   三ッ峠(富士山周辺)
第2回   大菩薩峠(大菩薩周辺)
第3回   浅間山(浅間山周辺)
第4回   元清澄山(房総)
第5回   白馬岳(北アルプス)
第6回   塔ノ岳(丹沢)
第7回   乾徳山(奥秩父
第8回   谷川岳(上州)
第9回   北岳・鳳凰三山(南アルプス)
第10回  水無川本谷(丹沢)
第11回  茶臼岳(那須)
第12回  大菩薩峠(大菩薩周辺)
第13回  清澄山(房総)
第14回  塔ノ岳(丹沢)
第15回  清澄山(房総/千葉県総合体育大会
第16回  雲取山(奥多摩)
第17回  北岳(南アルプス)
第18回  大山中国地方/全国高校総合体育大会)
第19回  塔ノ岳(丹沢)
第20回  三ッ峠(富士山周辺)
第21回  朝日連峰(山形)
第22回  武甲山(奥武蔵)
第23回  大岳山・御岳山(奥多摩)
第24回  三ッ峠(富士山周辺)
第25回  三頭山(奥多摩)
第26回  御前山(奥多摩)
第27回  川乗山(奥多摩)
第28回  鷹ノ巣山(奥多摩)
第29回  熊倉山(奥武蔵)
第30回  乾徳山(奥秩父)
第31回  駒ケ岳(中央アルプス)
第32回  甲斐駒・仙丈ヶ岳(南アルプス)
第33回  水無川本谷(丹沢)
第34回  戸倉三山(奥多摩)
第35回  陣場山(高尾・道志)
第36回  丹沢縦走(丹沢)
第37回  御前山(奥多摩)
第38回  聖岳・茶臼岳(南アルプス)
第39回  雲取山(奥多摩)
第40回  雲取山(奥多摩)
第41回  塔ノ岳(丹沢)
第42回  八ヶ岳(八ヶ岳)
第43回  雲取山縦走(奥多摩)
第44回  三ッ峠(富士山周辺)
第45回  御前山(奥多摩)
第46回  燕岳(北アルプス)
第47回  富士山(富士山)
第48回  鍋割山・塔ノ岳(丹沢)
第49回  大菩薩峠(大菩薩周辺)
第50回  前穂高岳・奥穂高岳(北アルプス)
第51回  尾瀬沼(日光・尾瀬)
第52回  入笠山(南アルプス)
第53回  丹沢縦走(丹沢)
第54回  槍ヶ岳(北アルプス)
第55回  飯盛山(小海線沿線)
第56回  両神山(奥秩父)
第57回  石狩岳(北海道
第58回  鋸山(房総)
第59回  大菩薩嶺(大菩薩周辺)
第60回  塔ノ岳(丹沢)
第61回  大群山(丹沢)
第62回  桧洞丸(丹沢)
第63回  鹿島槍ヶ岳(北アルプス)
第64回  茶臼岳(那須)
第65回  大福山(房総)
第66回  雁坂嶺(奥秩父)
第67回  大岳山(奥多摩玉)
第68回  大菩薩嶺(大菩薩周辺)
第69回  伊予ガ岳(房総)
第70回  甲武信岳(奥秩父)
第71回  燧ケ岳(日光・尾瀬)
第72回  北岳(北アルプス)
第73回  高見石山(八ヶ岳周辺)
第74回  玉山(台湾
第75回  塔ノ岳(丹沢)
第76回  八ヶ岳縦走(八ヶ岳)
第77回  水無川本谷(丹沢)
第78回  塔ノ岳(丹沢)
第79回  雲取山(奥多摩)
第80回  高水三山(奥多摩)
第81回  国師岳(奥秩父)
第82回  長塀山(北アルプス)
第83回  茶臼岳(那須)
第84回  剣岳・立山(北アルプス)
第85回  権現山(丹沢)
第86回  濃鳥岳(南アルプス)
第87回  加波山(八溝山地)
第88回  燧ケ岳(日光・尾瀬)
第89回  雌阿寒岳(北海道)
第90回  瑞牆山(奥秩父)
第91回  雁ヶ腹摺山(大菩薩周辺)
第92回  小金沢縦走(大菩薩周辺)
第93回  茅ヶ岳(奥秩父)
第94回  伊豆ヶ岳(奥武蔵)
第95回  扇山(高尾・道志)
第96回  御座山(小海線沿線)
第97回  大山(丹沢)
第98回  塔ノ岳(丹沢)
第99回  谷川岳(上州)
第100回 三石山・清澄山(房総)
第101回 高尾山・城山(高尾・道志)
第102回 蓼科山(中信高原)
第103回 西穂高岳(北アルプス)
第104回 常念岳(北アルプス)
第105回 倉岳(高尾・道志)
第106回 高尾山・城山・景信山(高尾・道志)
第107回 大菩薩嶺(大菩薩周辺)
第108回 九鬼山(高尾・道志)
第109回 五竜岳・唐松岳(北アルプス)
第110回 尾瀬(日光・尾瀬)
第111回 本仁田山(奥多摩)
第112回 石尊山・清澄山(房総)
第113回 金時山(箱根)
第114回 根名草山(日光周辺)
第115回 加賀白山(白山)
第116回 太郎山(日光周辺)
第117回 庚申山(鹿沼・足尾)
第118回 滝子山(大菩薩周辺)
第119回 白根山(日光周辺)
第120回 石割山(富士山周辺)
第121回 小楢山(奥秩父)
第122回 高宕山(房総)
第123回 八溝山(八溝山地)
第124回 苗場山(越後)
第125回 棒ノ折山(奥多摩)
第126回 石裂山(鹿沼・足尾)
第127回 高宕山(房総)
第128回 朝日岳・茶臼岳(那須)
第129回 石割山(富士山周辺)
第130回 横岳(中信高原)
第131回 鼻曲山(浅間山周辺)
第132回 杓子岳・鹿留山(富士山周辺)
第133回 伊豆ヶ岳(奥武蔵)
第134回 塔ノ岳(丹沢)
第135回 新茅ノ沢(丹沢)
第136回 槍ヶ岳(北アルプス)
第137回 富山(房総)
第138回 安達太良山(会津)
第139回 岩手山(奥羽山脈)
第140回 磐梯山(会津)
第141回 三峰山(丹沢)
第142回 戸沢(丹沢)
第143回 早池峰山(北上高地)
第144回 三石山・清澄山(房総)
第145回 笠森グリーンルート(房総)
第146回 蕨山(奥武蔵)
第147回 天目山・蕎麦粒山(奥多摩)
第148回 武尊山(日光周辺)
第149回 日留賀岳(日光周辺)
第150回 笠森グリーンルート(房総)
第151回 田代山・帝釈山(日光周辺)
第152回 石尊山む・清澄山(房総)
第153回 笹尾根(奥多摩)
第154回 官ノ倉山(奥武蔵)
第155回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第156回 筑波山(八溝山地)
第157回 御岳山(奥多摩)
第158回 筑波山(八溝山地)
第159回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第160回 赤岩滝(日光周辺)
第161回 利尻山(北海道)
第162回 高柄山(高尾・道志)
第163回 大岩山(鹿沼・足尾)
第164回 三石山・清澄山(房総)
第165回 御前山(奥多摩)
第166回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第167回 酉谷山(奥多摩)
第168回 天祖山(奥多摩)
第169回 日ノ出山・御岳山(奥多摩)
第170回 今熊山・市道山(奥多摩)
第171回 筑波山(八溝山地)
第172回 北岳・間ノ岳(北アルプス)
第173回 鳥海山(出羽山地)
第174回 黒岳(富士山周辺)
第175回 御岳山・日ノ出山(奥多摩)
第176回 三石山・清澄山(房総)
第177回 鳴神山(鹿沼・足尾)
第178回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第179回 鷹ノ巣山(奥多摩)
第180回 堅破山・高鈴山(常陸)
第181回 筑波山(八溝山地)
第182回 笠ヶ岳(北アルプス)
第183回 川乗山・本仁田山(奥多摩)
第184回 鹿倉山(奥多摩)
第185回 奈良倉山(奥多摩)
第186回 御岳山・日ノ出山(奥多摩)
第187回 石尊山・清澄山(房総)
第188回 筑波山(八溝山地)
第189回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第190回 丹波天平(奥多摩)
第191回 笠取山・唐松尾山(奥秩父)
第192回 雨飾山(戸隠・妙高・黒姫)
第193回 大楠山(三浦半島)
第194回 国師岳・北奥千丈岳・金峰山(奥秩父)
第195回 伊予ガ岳(房総)
第196回 関八州・大高取山(奥武蔵)
第197回 愛宕山・御殿山・伊予ガ岳(房総)
第198回 雲取山・七ッ石山(奥多摩)
第199回 八経ヶ岳・大台ヶ原(紀伊半島)
第200回 荒海山(会津)
第201回 会津駒ケ岳(会津)
第202回 会津朝日岳(会津)
第203回 浅草岳(会津)
第204回 荒川三山・赤石岳(南アルプス)
第205回 甲武信岳・三宝山(奥秩父)
第206回 瀬戸我廊・二ッ箭山(常陸)
第207回 大山(丹沢)
第208回 鷹取山(奥多摩)
第209回 烏場山(房総)
第210回 塔ノ岳(丹沢)
第211回 筑波山(八溝山地)
第212回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第213回 竜王山・剣山・石鎚山・瓶ヶ森(四国)
第214回 七ヶ岳(会津)
第215回 乗鞍岳(北アルプス)
第216回 筑波山(八溝山地)
第217回 塩見岳・間ノ岳・濃鳥岳(南アルプス)
第218回 志津倉山(会津)
第219回 笹子雁ヶ原摺山(大菩薩周辺)
第220回 蕨山(奥武蔵)
第221回 塔ノ岳(丹沢)
第222回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第223回 宮之浦岳(鹿児島)
第224回 蕎麦粒山・棒ノ折山(奥多摩)
第225回 三岩山(会津)
第226回 熊野岳(蔵王)
第227回 乾徳山(奥秩父)
第228回 源次郎沢(丹沢)
第229回 槍ヶ岳・大喰岳・中岳・南岳(北アルプス)
第230回 菜畑山(高尾・道志)
第231回 博士山(会津)
第232回 高森山・惣山(会津)
第233回 武川岳・二子山(奥武蔵)
第234回 高尾山(高尾・道志)
第235回 石老山(高尾・道志)
第236回 生藤山(高尾・道志)
第237回 嵯峨山(房総)
第238回 経塚山(房総)
第239回 百蔵山(高尾・道志)
第240回 高川山(富士山周辺)
第241回 塔ノ岳(丹沢)
第242回 外秩父七峰縦走(奥武蔵)
第243回 今倉山・赤岩山・二十六夜山(高尾・道志)
第244回 於茂登岳(沖縄・石垣島)
第245回 九鬼山・馬立山(高尾・道志)
第246回 榛名山(上州)
第247回 諏訪山(上州)
第248回 倉見山(高尾・道志)
第249回 岩殿山(大菩薩周辺)
第250回 甲州高尾山(大菩薩周辺)
第251回 御正体山(富士山周辺)
第252回 塔ノ岳・鍋割山(丹沢)
第253回 本社ヶ丸(富士山周辺)
第254回 セドノ沢(丹沢)
第255回 涸沢岳・北穂高岳(北アルプス)
第256回 大戸岳・小野岳(会津)
第257回 大岳山(奥多摩)
第258回 矢平山(高尾・道志)
第259回 三石山・清澄山(房総)
第260回 雷電山(奥多摩)
第261回 鶴ヶ鳥屋山(富士山周辺)
第262回 権現山(高尾・道志)
第263回 大倉高丸(大菩薩周辺)
第264回 文台山(富士山周辺)
第265回 塔ノ岳(丹沢)
第266回 大雪山(北海道)
第267回 日光男体山(日光・尾瀬)
第268回 御坂山・清八山(富士山周辺)
第269回 清八山・大沢山(富士山周辺)
第270回 笹子雁ヶ腹摺山(大菩薩周辺)
第271回 ジダンゴ山・高松山(丹沢)
第272回 鍋割山・檜岳(丹沢)
第273回 茶臼山・萩太郎山(愛知県)
第274回 黒川鶏冠山(大菩薩周辺)
第275回 岩木山(青森県)
第276回 兜山(奥秩父)
第277回 鳴虫山(日光・尾瀬)
第278回 富士山(三浦半島)
第279回 赤久奈山(奥多摩)
第280回 大洞山・大沢山(富士山周辺)
第281回 蛾ヶ岳(富士山周辺)
第282回 秋田駒ケ岳(奥羽山脈)
第283回 桧山(常陸)
第284回 千頭星山(南アルプス)
第285回 浅間嶺(奥多摩)
第286回 開聞岳(鹿児島県)
第287回 越前岳(富士山周辺)
第288回 天城山(伊豆)
第289回 仏果山・高取山(丹沢)
第290回 仙人ヶ岳・石尊山(鹿沼・足尾)
第291回 国見岳(熊本県)
第292回 源次郎岳(大菩薩周辺)
第293回 皆子山・伊吹山(京都府・滋賀県)
第294回 高畑山(高尾・道志)
第295回 秋山二十六夜山(高尾・道志)
第296回 二岐山・小白森山(会津)
第297回 秩父御岳山(奥秩父)
第298回 南天山(奥秩父)
第299回 宝登山(秩父)
第300回 大平山(伊豆)
( )内は大まかな分類です。

第300回 大平山<伊豆> [登山]

大平山08022100806.JPG
実施日:平成20年2月21日(木)
目的地:大平山(おおびらやま/標高:577メートル)<伊豆>
メンバー:単独(57才)

山中でよく考え事をしてしまう。今回も次男の婚儀で忙しかった。それに加えて、息子の勤め先のバス会社で結婚式にも年休取得も出来ず(年休取得できる雰囲気がない)、運転手仲間でやりくりしたのである。息子はその会社を辞め、前のバス会社に戻った。正解だと思う。大手のバス会社であるが、実態はひどい。彼らの回送運転時も無給で仕事をさせられていた事実が退社後に発覚したらしい。上司の助役が誤魔化していたのか、会社の指示によるものか不明であるが。勤続中に月間休暇が5日ほどしかなく、多忙な仕事に手取り20万円しかならないとぼやいていたのを思い出す。待機時間の無給はまだ納得いくが、勤務内である回送時間を無給にしてしまうのは労基法上違反である。今の若者達がいかに経営者のでたらめな労働に虐げられているか分かる。そんなことを考えていると腹が立ってきた。バブルのつけが今の若者たちにも回っているのである。情けない経営者たちが横行している。今は忍の一字と諦めているが、この不正は断ち切る環境が必要だ。...
こんなことを考えていると折角の楽しい山登りまで気が滅入るので頭を切替えた。沖縄で米兵の少女乱暴事件、昨日は房総沖で最新鋭のイージス艦と小さな漁船が衝突した。漁船は真っ二つに割れ、親子の漁師は行方不明である。国防絡みの事件が多い。なぜだろうか!

2月21日(木)
300回目の登山となる。別に特別な登山も考えていない。ありきたりな登山である。雪の少ない山登りを計画した。房総の山はほとんど登ってしまった。後は三浦半島か伊豆半島しかない。少し足を伸ばして、伊東まで行くことにした。標高500メートルで駅に近い。たやすく登れる。それでいて、富士山が望めるのである。後は天候しだい。幸い本日も晴れ。意気揚々として出発。
朝一番のバスで出かける。東京駅に7時頃到着。7時24分発伊東行きがある。7番線ホームはガラガラである。(8番線は頻繁に東海道線の電車が出入りしている。)ホーム上には3ドアとか4ドアとの印がある。事前に時刻表で調べたら2ドアと書いてあった。上を見たら、7時24分発電車の乗り場が表示された看板が吊るされている。2ドアの位置を示しているのだと分かる。後方4両は熱海行きで前7両が伊東行きになっている。6両目の適当な所で並ぶ。暫らくしたらアナウンスがあった。この列車は普通車であるが、特急車両を使用しているとのこと。うれしいではないか。今日だけかなと思ったが、そうではないらしい。確か新宿から出る河口湖行きにも特急車両を使っていることを思い出した。いいことを発見したと喜ぶ。
隣の山の手線、京浜東北線は通勤客で満員である。
座席は左側の窓側に座る。今朝は4時間しか寝ていないので寝るつもりでいたが、どうも落ち着かない。外の景色が気になる。まったく身体は大人だが、気分は子供である。車窓から外を望むとワクワクしてしまう。太陽が燦々と差し込む...駅に着くたびに乗客の動向を窺がう。品川から先は満員である。次の駅に到着するたびに1列に人が出て行き、ホームからその分の人が乗り込んでくる。この状態が小田原まで続く。通勤客が多い。.......
伊豆の海岸線を走る。目に優しい青い海。昨年は車でこの道を走った。日の出を目の当たりにして走行したのである。今日はやや時間的に遅いが余裕で外を眺められる。「これもいいもんだ」と自己満足である。
熱海から乗客が減ってきた。終点伊東に着いた。下田方面の乗客は隣ホームの電車に乗換って行った。
精算機で2210円を支払う。まずは駅を出て、所用を済ませる。次に観光案内所を探す。今回もルートがわからない。一番良いのは地元の登山ルート図を参考にすることである。駅前をウロウロしていたら、道路の向かい側に看板を発見。早速飛び込む。閑散としている。カウンターの女性に「大平山の案内書ありますか」。「その前の黄色いのがそうです!」とパンフレット置場を指さし、私も目ざとく確認し、小さい冊子を広げると地図が広がる。詳しいルート図があり、説明文が箇条書きになっている。「しめしめとこれで安心!」。女性にお礼を言って、外に出る。
いざ出陣!10時5分。ガードレールを潜る。そして左折。突き当たりを右折して上り坂となる。もうここから実質的に登山開始となる。私的には伊東の町並みを歩き、コンビニに寄り、山頂で食べる弁当を買うつもりでいた。
暫らくして、御岳神社の急な階段前に出る。もらったルート図をみるが神社の右なのか左の道なのかよく理解できない。
そのまま神社の階段を登る。社に出る。「踏み跡を右に」と書いてあるがそれに該当する場所はない。左側から社務所裏に出るとマンションに突き当たる。そのまま通り抜けて、川沿いの道に出た。(おそらく神社階段左側の道を進めばよいのかと思う)。それで軌道修正されたようだ。
 細い坂道をどんどん登る。丸山公園に着いた。さすがに暑い。羽毛のジャンパーセーターを脱ぎ、ザックに仕舞いこむ。公園の斜面を横断すると白梅が満開である。
下から町の騒音(電車の音)、上からブルドーザーらしき音が聞こえてくる。うるさい町だと訝る。公園の最上部の出口に10時40分。ここから本当の登山道になる。尾根伝いに歩く。どうも左側がうるさいのである。地図を見ると採石場となっている。樹木で遮られているので様子がわからない。また右側にはフェンスで仕切りがあり、住宅地がある。随分高い所に建物があるものだと感心した。
そこを過ぎると樹林帯が続く。黙々と歩く。大きな石の脇に看板がある。覗くと「江戸城築城の石切丁場」の説明書きが記されていた。今まで登ってきて、露出した巨石が見られないが、一皮剥けば岩だらけなのかも。それを裏付けることが解る。この尾根づたいに杉の大木があちらこちらに根こそぎ倒れている。根が岩盤に阻まれ、地表面にしか張られていない様子がわかる。私の浅はかな考えだが本当にそうなのかは怪しい。
身体がなれ登りのリズムにのってきた頃に、山頂から鈴の音が聞こえる。私も更に馬力をかけて登る。急に開けた所に出てきた。右に大平山山頂を記す看板が目に入る。その左手下のベンチにあの鈴の音の主である犬と飼い主が休憩していた。時計の針は11時30分。まずまずの時間配分である。標識をバックに記念撮影。松の隙間からなんと富士山が顔を出していた。うれしい!羽田から見る富士山と違い親近感がある。10分休憩して芝生広場へ下る。南に下ると二俣に分かれている。ここから三角の大室山と天城山がよく見える。北側の道を下ると雪だらけである。人の踏み跡を歩き、濡れないようにする。芝生の広場に着く。11時35分。駐車場は雪で覆われている。ここで昼食をする予定だったが、展望ゾーンまでお預けにする。折角降りてきたのだが、林道をまた登らねばならない。10分ほど進むと右手にジグザクの登山道がある。やれやれと思う。考えてみたら、芝生広場に下りなければ良かったと反省する。(春になれば花が咲いていて良いのだろうが)
尾根に出た。ここの分岐で左はこの山を大きく回る健脚コースと思われる。この直進は標識に案内されていない。私はてっきり、下りの渓谷コースと思っていた。とりあえず右手の展望ゾーンにまた上る。すぐ展望スポットに到着。頂上で見るよりもずっと広角に富士山を捉えられる。絶景のスポットと云える。左手に南アルプスの白い峰々も見える。つい唸ってしまった。12時10分。無風、誰一人といない、私だけの世界である。
お昼にするが車内でおにぎりを食べてしまい、非常食のかりんとうをがむしゃらに食べる。すこしは腹の足しになる。
12時30分に出発。例のパンフレットで渓谷コースが頂上手前にあることがわかり、尾根出会いの直進コースに戻る必要がないことがわかった。更に登ると二俣に標識があった。左手が渓谷コースである。だが積雪が深い。この先もっと雪があると厄介である。意を決して下る。靴に雪が入り込む。尾根から外れる所で靴に入った雪を取り除く。ここからはたいした積雪でない。やや道が曖昧である。
下山する。かなり下がってきた所で林道が接近していることに気がつく。登山道を忠実に下山することにする。暫らくして道が不明瞭になった。右の斜面に登っても、沢に降りてもそのさきに道がないとわかる。ここは戻るしかないと判断。下ってきた道をまた登り返す。しかしこのコースルートには標識板もあるし、古いがテープ痕もあるのである。腑に落ちないが自分の納得するところまで戻った。やはり左手にもう1本道を発見した。ここが正規のルートであると確信した。低山といえども慎重さが必要である。
安心して下る。堰堤を3箇所ほど過ぎる。やっと車道に出る。13時10分。
10分ほどで丸山公園に到着。下着(シャツ)を着替える。
安心しきったのか、車道をそのまま下ったら、いつのまにか踏み切りに出てしまった。御岳神社に出なかったのである。通りを右に曲がったものの駅の方向がこれでよいのか不安になり、通行人のおばさんにきいてみたら反対だと教えられた。山道よりも町なかの道の方が解りにくいなと自分自身の不甲斐無さに呆れる。
13時35分に駅に到着。缶ビールを車内飲食用に買い、駅構内で立ち食い蕎麦を食べる。14時17分発の電車に乗り、熱海で乗り換えて帰る。

< 参考 >
①山行記録:歩行距離7Km(3時間)
 伊東駅<35分>丸山公園尾根入口<50分>大平山頂上(10分休憩)<15分>芝生広場<15分>展望スポット(20分休憩)<40分>登山口<10分>丸山公園<15分>伊東駅

②交通費:参考
東京~伊東(片道)     2210円

伊豆・大平山.JPG


第299回 宝登山<奥武蔵> [登山]

宝登山2131.jpg

実施日:平成20年2月8日
目的地:宝登山(ほどさん/標高:497メートル)<奥武蔵>
メンバー:単独

昨年暮れからアメリカでサブプライム(低所得者向けローン)問題から株価の低迷で世界的な不況が続く。日本でもその煽りで石油の高騰。油が上がれば、すべての物価にも影響する。そして追い討ちを掻けるように年が明けて、中国の毒物(メタミドホス/有機リン系農薬)入り餃子問題が日本中を騒がせた。世界的に温暖化が進む中で、人間社会を取り巻く不協和音のメカニズムもギクシャクしてきた。「温暖化と人間のエゴ」、どうにも収まらなくなってきている。他の動物たちから見れば、とんでもなく迷惑な話である。クリーンな地球は人間だけの問題ではない。あらゆる動植物達と共存していくために、もっと動植物達と話し合いができればよいのにと思う。世界の環境問題に人間だけでなく、めだかさんや、カブトムシさん、ひまわりさん、トカゲさん、お馬さん達が参加できたらね!きっと青い地球がもつと輝くようになるかも......

2月8日(火)
2月に入り早くも2回も雪が降った。この所、息子の結婚で山から遠ざかっていた。まずは無理せず、雪のない低山を目指すことにした。これから梅の時期でもある。長瀞の宝登山の蝋梅がちょうど見頃である。妻にも声をかけたが、寒いので断られた。また一人旅になる。
4時30分に起床。昨晩買ったお稲荷さんを3個食べて出かける。
池袋から7時14分発の小川町行きの急行に乗る。ホームには東武の制服(茶系の帽子とスラックス)が似合う若い女性の駅員さんが背を丸めて発車アナウンスをしていた。
天気は晴れである。武蔵嵐山辺りから山に目を転じるとちょこちょこ残雪がある。昨日、宝登山ロープウェイに電話で雪の状況を聞きだしたのだが、大丈夫なことを言っていたが、やや心配だ。
小川町駅で向かいのホームの寄居町行きに乗り換える。そして寄居駅で秩父線に乗り換える。乗客は疎らである。秩父線の寄居駅から長瀞間は始めてである。未知の世界を覗くように興味津々である。車窓から荒川沿いに走る風景を楽しむ。
長瀞のひとつ手前の駅、野上に到着。10人位の中年の団体さんと二人連れの女性ハイカーが下車した。
詳しいルートが解らないので、駅待合室をウロウロしていたら、長瀞アルプスから宝登山蝋梅園へのルート図パンフレットが丁寧に小さいポストに収まっていた。これは助かる。一枚頂く。そして用を済ませ、身支度をする。誰もいなくなった静まりかえった駅を9時40分に出発。
国道を横切り、まっすぐ進む。右にカーブして眼下医の病院を通り過ぎる。暫らくすると万福寺の角に標識があり、左折する。舗装が切れる所に蝋梅の種が500円(無人の立て看板あり)で売っていた。
緩やかな登山路を少し進むと、右斜面に小道がある。駅で頂いたマップを見るとこの細道を登ると尾根コースに出られるようだ。私もこのマップに倣って登る。あっという間に尾根に出られる。
あとは雑木林の中を周りの山を見回しながら黙々と歩く。やや展望の利く所で、駅で一緒に降りた団体さんに追いつく。更に進むと山の北側斜面で二人組の中年女性が登山靴にタオルを巻きつけていた。滑り止めにするらしい。道が残雪で凍っているが特にアイゼンがなくても歩けるところだ。
天狗山の分岐を過ぎた。この先でやたらと人の声がする。下った尾根を登りきるところにまた団体さんがいた。見晴らしの良いところである。少々騒がしいので休まず、左に直角に下る。
右前方の山が気になる。雪が目立つ。(下山後、調べたら採石場)だが私が進むのは南の丸みの帯びた山である。積雪のある山には見えない。野上峠の分岐でセーターと薄ジャンパーをザックに仕舞う。やや暑い。なるべく汗を掻かないようにゆっくり歩く。
小鳥峠を過ぎたら、車道に出る。杉林の中に入ると路面は凍っていた。私の後ろから鈴を鳴らした男性に抜かれた。いつもの私だとすぐ追い抜くのだが。ここは汗を掻かないことと戒める。
車道から離れ、階段になる。先ほどの男性は凍った雪で苦戦していた。私は「階段を避けてわき道の方が登りやすいですよ!」とアドバイスをして抜いていった。彼は照れ笑いをしていた。
結構きつい階段を登り、汗を掻き始めた頃に人声が一段とする。登りつめたら、山斜面に蝋梅があり、観光客が散策していた。展望が開け、凛々しい両神山が目に飛び込む。蝋梅の庭園からすこし離れた所に山頂の標識がある。雪解け道で泥だらけである。まずは記念写真を収める。11時20分。野上駅からゆっくり歩いても1時間40分である。
斜面の横倒しの大木に腰をおろし、軽い食事にする。(パンとみかん
蝋梅を離れ、神社奥宮へ。バッチでもあるかなと覗く。ないので諦めて、引き返す。蝋梅は黄色く色づいている。遠くで見るとやや見劣りする。まじかで観察した方がきれいに見える。と思いカメラを向けたが、残りフィルムがなかった。残念。
庭園を下り、ロープウェイ駅で休憩。1杯150円の甘酒を飲む。向かいの山がいやに立派である。「あ~そうか!あの三角の山は武甲山だ!」とひとり納得する。ロープウェイは30分毎に出ている。観光客は列をなして待っている。私は登山者、歩いて帰ります。
下山路は車道である。小動物園を過ぎて、ややぬかるんだ道を下る。立派な宝登山神社の前に出てくる。広い参道を緩やかに下ると長瀞駅である。
売店で缶ビールを1本買いこむ。車内で非常食を出して寛ぐつもりである。
12時59分の熊谷駅方面の電車に乗るのでホームで待つ。時間が過ぎてもこない。「電車が遅れています。相当時間がかかります。待合室でお待ちください!」とアナウンスがあった。観光客、登山者は待合室へゾロゾロ戻る。たしかにホームにいると風が冷たく寒い。まだ私は登山後なので身体がホカホカなのである。ホームのベンチに座る。時間を無駄に過すのも!と思い、缶ビールを出して飲む。10分ほどで電車が来るのかと思っていたが中々こない。そのうち、下り電車が来た。三峰口行きが秩父止まりになった。折り返し運転になったらしい。そのうちセメント貨車が一往復した。もうすぐしたら来るのかな!今日は余裕で早く下山したのでいらいらはない。かれこれ50分待って、やっと来た。乗客も大分増えていた。結局、何が原因なのか説明がなかった。(帰宅後、ニュースでお花畑先の影森駅で貨物列車が脱線転倒していた映像を見る)
寄居駅で立ち食い蕎麦を食べる。東武鉄道主催の秩父七峰縦走登山の帰りによく食べた所である。この駅に来るとついつい食べてしまう。
長い電車旅で腰が痛くなった。池袋から新宿経由で総武線に乗って帰った。

< 参考 >
①山行記録:歩行距離8Km(2時間10分)
 野上駅<1時間>野上峠<40分>宝登山頂上(50分休憩)<30分>長瀞駅

②交通費:参考
池袋~寄居(片道)       860円
寄居~野上 (片道)      430円
長瀞~寄居(片道)       460円

③概略図
宝登山周辺概略図.JPG
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第298回 南天山<奥秩父> [登山]

南天山071110F0031.JPG
実施日:平成19年11月10日
目的地:南天山(標高:1483メートル)<奥秩父>
メンバー:単独(57才)

 月探索機「かぐや」から地球の映像をNHKのハイビジョンカメラで見る。青と白の綺麗な星。「地球って綺麗な惑星なのだ」と感嘆した。我々が見ている月の餅つきウサギもロマンがあるが、月からみる地球は青く輝く星で宝石のようだ。地球は自転しているので常に変化のある地球なのだが、月は違うらしい。我々が見ている月はいつも同じ形でつきの裏側は地球からは見えないのである。今回の探索機で月の裏側も見られた。そして無数のクレーターがあり、殺伐としている。クレーターの中は太陽の明かりがはいらなく、凍った水(氷)があるらしい。これからこの探索機によって色々と明らかにされることだろう。それにしても我々の住む星は広い宇宙のなかでもこんなすばらしい星だとは気がつかなかった。この星をもっと大事にしたいものである。

11月10日(土)
1日中、小雨が降っていた。晴れていれば、奥秩父の紅葉も最高だったのである。この山の感想は一口で「いい山である」。特に夏場は沢の清涼感があり気持ちがよいと思う。いずれにしても四季を通して歩ける山である。登山道も整備され、標識もわかりやすい。但し、一日4便しかないバスなので不便である。
我が家を5時50分過ぎに出て、バスで船橋駅へ。駅前のコンビニでおにぎりとパンを仕入れる。
池袋に7時30分頃に着いた。8時6分発の三峰口行に充分間に合った。前4両が長瀞行で後ろ4両が三峰口行だ。終点で中津川行に丁度良く連絡する。
この車両のドアは2箇所である。乗車位置を確認すると良い。といっても乗客はそれほど多くなかった。雨のせいかも知れない。
この線はまた変っていて、飯能でスイッチバックする。前後ろが逆転する。そして西武秩父駅手前の清瀬で長瀞行と三峰口行と別れる。三峰口行は西武秩父駅に進み。長瀞行は秩父線のお花畑駅に進む。お互いにクロスする形である。前回(秩父御嶽山)の帰りも直通電車で帰ったのだが、よく仕組みが分らなかった。
小雨降る、三峰口駅に10時19分に到着。バス停に停車中の1台を見送って、次のバスに乗る。乗客は地元のおばあさんと観光客風の女性ひとりと私だけである。運転手は子供が野球帽のツバサを斜めに被ったような格好の中年の人である。見送ったバスの運転手さんは若かったが、大丈夫かなとちょっと心配した。
バスは滝沢ダムのループ橋を登って、紅葉している中津川に入る。
11時20分頃に終点中津川に着いた。雨が小康状態である。このままもってくれればと願う。バス停前のトイレに寄り、5分後に出発。舗装道路は学習の森まで続き、その先は砂利道である。この道が三国峠を越えて、長野県に抜けられるのである。しかし前の台風の大雨で土砂崩れの為、不通になったままである。
11時59分に鎌倉橋に到着。橋の先の駐車場に3台車があった。ということは人が入っているということかな!
鎌倉沢に入る。この雨は折りたたみ式の傘で充分である。紅葉している沢を右左に渡りながら、歩く。所々滝があり、目の保養になる。方円の滝に12時22分に到着。20メートルぐらいの高さがあり、水量も多い。
更に進むとコースが二股になっている。12時45分。左側が沢コース。右が尾根コース。同じ道を歩くより、行き帰りを別々にする。まずは沢コース。沢を続けて歩くと思ったら、沢から外れてジクザクの登山道になった。枯れ葉の絨毯を歩き、気持ちが良い。そして更に針葉樹の落ち葉の絨毯と変った。
午後1時20分に尾根に出る。周りの景色は真っ白で視界は利かない。風がないのが幸いである。傘をさしてゆっくり進む。
1時34分に尾根コースと合流する。小さい濡れた岩場を登った先が頂上である。1時42分。さびしく2本の標識が立っている。この雨雲の先に両神山があるのだろう。
デジカメのバッテリーが切れた。おそらく5度以下かも(秩父地方12度)。寒さに弱いデジカメである。予備電池に変えた。じっとしていると寒いのでライダージャンパーを着る。寒いながらも余裕がある。おにぎりを1個、おいしく食べる。いつもだと無理やり口に押し込むのであるが、今日は味わって食べる。
2時に下山する。コース分岐に2時5分。今度は尾根コースである。左側に下る。下りだと余裕があり、周りの景色を眺められる。沢コースは遠回りだが、このコースは近道だ。2時28分にコース分流点の沢に着いた。
沢の丸太橋を何回も渡り、登山口に3時7分に到着。駐車場には2台の車があり、登山者が雨具を脱いでいるところである。上りの時に2人の雨具をしっかり身につけていた下山者とすれ違った。これで3台の持ち主が判明し帳尻があった。
左手に傘、右手にデジカメ、うまく紅葉が撮れたかな!鮮やかな紅葉も液晶モニターで見ると肉眼に映った絵とは違ってくすんでいる様だ。
中津川渓谷の林道を歩きながら、

谷川ザワザワ
落葉サラサラ
小鳥チュチュ

小雨シトシト
林道カツカツ
トンネルカンカン

こんな楽しい心に響く詩ができた。
思ったより、時間短縮が出来た。こまどり荘の風呂が午後4時まである。予定外である。ひょっとしたら間に合うと思い、足早になる。
 こまどり荘に3時42分に到着。すぐフロントへ行って確認した。大丈夫。どうせ私はカラスの行水だから、長く入らなくても良いのだ。600円を払う。たった10分ぐらいしか入らないのだから、割り引いてくれるのかなと期待したが、しっかり600円取られた。
 階下の暗い狭い風呂に入る。急いで服を脱ぎ捨てる。先客がいた。釣り人とのこと。ここで宿泊するらしい。奥多摩と違って(何かと金を取る)、こちらの釣堀は良心的だといっていた。大漁だったのか終始にこやかだった。外は真っ暗。
 風呂を上がっても、この時間は食事するところもない。自販機で缶ビールを買い、寒いので売店に入る。4時30分過ぎに追い出された。
 外でウロウロする。
やっとバスの時間だ。5時15分(最終)。バスの運転手さんは来た時の運転手さんと同じである。変なおじさんだと思っていたが、おしゃべり好きで三峰口駅までずっとしゃべりっぱなしだった。やはり山登りが好きらしく、山の話で盛り上がっていた。
駅に着いたら、駅員さんが待ち構えているようだ。もうすぐ電車が出るとのこと。すぐ切符を買って、隣のホームへ。
先ほどの駅員さんが「左側の電車です。ドアを開けて入ってください」と怒鳴っていた。どうやら乗客は私ひとりである。6時18分発。「長閑だなあ!」
お花畑で下車し、西武秩父駅へ。
7時25分の特急で帰ることに。アーケード街で1店舗だけレストランが開いていたので、スパゲティと瓶ビールでひとりさびしく夕食にした。
我が家に10時40分頃に到着。1日中雨だったが、たのしい山登りでした。



< 参考 >
①山行記録:歩行距離12Km(4時間)
 中津川バス停<35分>鎌倉橋<25分>方円の滝<20分>尾根・沢コース分岐<35分>尾根<15分>コース合流<8分>頂上<休憩20分/5分>コース合流<25分>沢/コース分流点<20分>方円の滝<20分>林道<35分>中津川バス停
上り:2時間20分
下り:1時間40分

②交通費:
池袋~三峰口(片道)     1180円
 三峰口~中津川 (片道)   790円
西武線特急券          620円
③概略図
南天山概略図.JPG
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第297回 秩父御嶽山<奥秩父> [登山]

秩父御嶽山071020F0061.JPG
実施日:平成19年10月20日
目的地:秩父御嶽山(標高:1081メートル)<奥秩父>
メンバー:単独(56才)

 次男の結納が明日である。今日は早めに家に帰ろう。うまく口上が述べられるか心配だ。
インド洋給油問題で継続したい自民党に逆風が発生。守屋元防衛庁政務次官の接待事件がマスコミで叩かれている。ましてや退職金が7500万円とか噂されている。自主返納すべきと防衛庁長官までもお怒りである。厚生省ではC型肝炎患者リストが今頃、倉庫から見つかったとか。官僚への不信が益々増大していく。中国古代に諸子百家が活躍した時代があった。孔子(孔丘)と孟子(孟軻)、秦で活躍した商鞅、多くの学者たち。彼らは仕官するため命がけで持論を展開して、国政を運営したいというビジョンがあった。平和な日本に歪みが発生していることに警笛を鳴らす学者先生がどこかに埋もれていないのかな!

10月20日(土)
前夜の雨が上がったようだ。4時半に起床。階下に下りて、隣から頂いた土産の最中を口に運ぶ。最中といえば、昔あった両総最中は絶品だった。雪印牛乳、ケーキの不二家、伊勢の赤福とか賞味期限切れ偽装で老舗がおかしくなってきた。商人が一番大事にしなければいけないことは何。信用である。毎日コツコツ、商いすることが大事だ。でも千葉の両総最中はいつのまにか潰れてしまった。どうしてだろうとふっと思った。
さあ急げ、5時30分に家を出る。
月光(仮称)始発(5:50)のバスに乗る。船橋駅、6時7分の快速は丁度出て行った。各駅停車の総武線で充分間に合うはずだ。
池袋駅に着いた。予定では8時6分発の直通三峰口行であるが、7時6分発の急行、西武秩父行に間に合いそうなので、急いで切符を買う。これで1時間早まったと笑顔を浮かべる。
終点西武秩父駅で下車。アーケード街の土産物屋でミニコンビニと称した店におにぎりが見えたがここを素通りした。この先にコンビニがあると思っていたのが大間違い。お花畑駅の周辺にはコンビニがなかった。山登りにはお米を食べないとリキ(力)が入らないのである。しょうがなく、立ち食い蕎麦を食べた。何も食べないよりは益しだ。
折角早く1時間前の電車に乗ったのだが、三峰口方面の電車は連絡が悪く、池袋発の直通電車と差ほど変らないのである。そのせいなのか三峰口へ行く乗客が少なく感じた。
山間の風景を楽しんでいたが、計画書を改めて眺めたら、びっくり。コースタイムの時間を間違えていた。計画書では三峰口を10時10分出発。山頂に10時30分着。たった20分で登れるはずがない。本来2時間20分をプラスしなければならない。2時間足らないのである。「唖然」。
明日、結納もあるし、夜中に帰りたくない。混乱した頭で整理した。まず温泉を諦める。そして山頂の昼食時間をカットしよう。焦って登ったところでろくなことはない。マイペースで登り、慎重に、無駄なロスタイムを無くせばどうにかなる。気持ちも楽になった。
三峰口駅に9時50分に到着。おにぎりでも買おうと思ったが、コンビニもなさそうだ。登山者1名いたが、この駅を後にして歩き始めたのは私だけである。駅の先には高い山が見えない。丘が邪魔してこの先の風景に不安を感じた。本当にこの道で良いの!と自問した。でも地図上では間違い無し。
道は荒川渓谷を(白川橋)渡り国道に出る。右折するとY字路に出る。歩道橋もある。左折する。すぐ街道筋に宿場町があるようだ。贄川(にえかわ)宿だ。左手に閉鎖されているお店があり、登山届提出場所にもなっている。よく見ると道路角に標識があった。
ここを左折し、小高い所に標識がある。民家に入るような感じだ。急な登りになり、段々畑ではないが段々墓を縫って登る。
墓を抜けきり、左手にそれると三峰口駅と荒川沿いの町が一望できる。
どんぐりや栗が落ちている。そういえば、登山届提出場所に「熊に注意」と警告されていた。今年の実は豊富だろうか。「熊が里に下りなくても充分、餌になる実がなっていれば良いが」と思う。
日差しを遮る林の中の登山道は気持ちが良い。この道はまた前回の福島の山と違い、道が整備されている。
11時になるまでは休まずゆっくり登り続けよう。尾根を何本か越える。
杉林の湿った登山道を汗して登っていると、2歩目先に真黒い大きな固体がいる。目を凝らしてみると20センチほどの大きな黒いカエルだ。大物!ガエルなのか退けようともしない。彼に道を譲り、静かに脇を通った。山の神の化身かも知れない。
この先で5分休憩し、11時16分に猪狩山分岐に出た。確か頂上直下に道がある。先ほどからブルドーザーの音がうるさいのである。
稜線を歩いて、更にがっかりしたのは、右手下に林道が迫っていた。魅力の欠けるつまらない山になってしまうのも時間の問題だ。残念である。
頂上ももう少しかなと思った所からきつい登りがある。10分辛抱だ。
11時42分に大滝(強石)分岐に。すぐその先に祠らしき物が見える。11時44分、秩父御嶽山の狭い頂上に着いた。中年男性がひとり。挨拶をして写真を撮ってもらった。「どちらから来たの」。「千葉県の船橋です。」「いやそうじゃなくて!」。ああそうか!登山口のことかと気が付く。「三峰口から丁度2時間かかりました」するとその中年紳士は「随分早いね!」と驚いていた。
普通、3時間ぐらいかかるのだろう。こちらとしてはいつもの調子なのでこれが私の「普通」なのである。厳密に言えば、1時間54分である。彼を見送った後、山頂にやや雲が取り巻いている両神山がよく見えた。ザックのビスケットを2,3個食べて、12時に下山する。
真新しい鎖とロープの架かった坂道を降りる。5分ほどで落合分岐(標識にこの先、行止りとある)に出る。更に下ると林道に出た。12時15分。「なんだ!登山道はこれでお仕舞いか」。林道に出て、振り返るとトンネルがあった。「普寛トンネル」。稜線で見た道と繋がっているのかな!と思いつつ。周りを見回したら、右手に登山道がもう一本あった。
ぐんぐん登山道を勢いを増して下る。下から鈴の音が聞こえる。今日の二人目の登山者だ。気持ちよく挨拶を交わしてまた下る。
沢道に入ると、やたらと木道が新しい。そういえば台風による大雨で古い木道が流されたのだろう。地元(山の関係者)の人達に感謝しなければならない。ほとんどの橋が真新しい木で整備されていた。
12時51分に車道に出た。左手の坂道が杉の峠方面、右下りが国道へ出る。下るとすぐ普寛神社である。今日の無事を感謝しお賽銭を投入。計画書を見ると丁度帳尻があった。温泉に入る時間も出来た。国道を左に5分ほど歩くと「道の駅」だ。午後1時に到着。
遊湯館で地下の岩風呂、1階の檜風呂に浸かる。風呂上りに枝豆と生ビールを注文。冷えた生ビールの喉越しに吸い込まれるこの感触がまた嬉しいのである。
別棟のみやげ物コーナーで虹鱒の甘露煮と大根の漬物を土産にザックに仕舞いこむ。
帰りは計画書どおりで帰る。我が家に7時丁度に着いた。

< 参考 >
①山行記録:歩行距離8Km(2時間55分)
 三峰口<10分>贄川登山口<1時間15分>猪狩山分岐<30分>秩父御嶽山<15分休憩/20分>普寛トンネル<35分>落合<5分>道の駅
②交通費:
池袋~三峰口(片道)    1180円
道の駅~三峰口        350円
③概略図
秩父御岳山.JPG


第296回 二岐山・小白森山<会津> [登山]

二岐山070920F0072.JPG
実施日:平成19年9月20日
目的地:二岐山(標高:1544メートル)・小白森山(標高:1563メートル)<会津・那須>
メンバー:単独(56才)

 私事だが、10月に長男が1年ぶりの帰国である。隣国中国生活も大分慣れたことだろう。次男は身を固めて妻を娶ると宣言した。内々ではあるが、3年間付き合ってきた女性と正式に一緒になり、入籍する予定だ。我が家にほのかな春がやってきそうである。
安倍首相の突然辞任から福田首相が誕生した。親子で2代の首相となる。山積みの問題を抱えて大変だと思う。特に年金問題は大きな関心事だ。舛添厚生大臣が留任して良かった。歴代大臣は腰掛的なイメージが強い。無派閥な舛添さんに大きな期待を持って見守りたいと思う。

9月19日(水)
S勤帰りで運悪くタクシー同乗者が遠くて、いつもより1時間余計に掛かり、我が家に1時30分に着いた。妻も心配してくれて、寝ずに待っていた。急いで用意していた荷物を車に積んで、すぐ出発した。
岩槻インターから入る。雨が小降りである。眠気と戦いながら、まずは佐野サービスエリアまで行くことにした。
佐野SAで座椅子を倒し、3時間程横になる。豚汁を食べ、本日の昼食用におにぎりを買い込む。7時に再出発。
天候も回復してきたようだ。白河ICで降り、ナビゲーターを頼りに羽鳥湖へ向かう。
8時40分。羽鳥湖の道の駅は閑散としている。トイレタイムに寄る。
湯元温泉を通り、二岐温泉へ向かう。道路は整備されている。太陽も燦々と輝き気持ちが良い。
二岐温泉入口で二岐山登山の迂回路の看板が眼に入る。更に悪いことに温泉先の橋が工事で渡れないのである。ややパニックになる。頭の回路が一時停止状態である。予定では橋の先に車を留めて、ここを拠点に行動するのである。なお人まで通行禁止なので本日の行動も白紙に戻さないといけない。看板の迂回路を調べ、且つ、橋の先へ出られるのか調べたい。運よく到着時間より1時間早く着いたので、下調べしようと二俣川を渡る。登山口入口は確認した。峠を越えて大分先まで行ってしまった。ナビを見ると湯本温泉へ辿る道になっていた。余計、頭の中はパニックである。まずは落ち着いて、二岐温泉に戻ることにした。近くに気になる二又の道があったが、通行規制のある道なので一般車の通行禁止かなと勝手に判断してしまった。
10時を過ぎている、無駄に時間を潰していけないと焦る。温泉の突き当たりで聞いた情報を元に風力発電所の看板を目印に林道に入る。坂の入口付近の空き地に車を留める。
10時10分にスタート。砂利道をトボトボ歩く。結構車が行き交う。登山者かなと最初は思ったが、地元の工事関係者だった。
やや日差しが強い。そして蒸し暑い。
登山口に10時35分着。今にでも崩れかかりそうな鳥居を潜り、進む。地元小学生が作った看板が木の幹にくくられている。「みずならの木」とか色々書かれていた。町おこしの一貫かな!子供たちが入る山道なら安心と思っていた。
「カサカサ」と音がした。及び腰になる。草むらへ1メートルほどの青大将が逃げていった。
緩斜面の登りも段々きつくなる。寝不足なのでかなりきつい。11時に根をあげる。5分休憩する。いやにロープが張り巡らされている。下る人に親切に付けられているようだ。道は登り一辺倒である。そして蜘蛛の巣ばっかりでうっとうしい。
うんざりして意識朦朧として、登っている。足元をよく見ず気の根っこに足を止めた瞬間、前にすべり込んだ。態勢を整えるタイミングを逸して、強く倒れた。両膝と脛を強打した。無様なかっこうである。今までこんな倒れ方をしたことがない。(下山後、右足の弁慶の泣き所から血が出て、左足のひざに青あざが出来た。)年なんだな!と今後の登山に影響してくるのだろうと老婆心ながら思う。
11時48分、地獄坂。さらにきつい登りの樹林帯を登りつめて、女岳頂上へ。11時53分。全く展望が利かないところだ。長居は無用と次なる頂上を目指す。12時20分に開けた男岳頂上に着いた。赤トンバのお出迎えである。なんでこんなにいっぱいと思うほど飛び回っていた。後ろ側(北東)は雲で覆われているが前方三方には周囲の山々が望める。明日登る小白森、大白森山の山並みも見える。サービスエリアで買ったおにぎりを2個口に運ぶ。
上空を見上げると雲に囲まれた青空に飛行機雲が一直線に走っていた。大きなキャンパスに青と白だけのコントラストだけの風景画に心奪われ、じっと見つめていた。
午後1時に下山開始。汗が引いたので、やや気持ちもすっきり。ゆっくり下ろう。道がやや怪しい。荒れている。登山道が小川状態である。男坂1時12分、ぶな坂1時35分、あすなろ坂1時53分、八丁坂2時。とやたらと坂の付いた標識があった。2時7分に林道に出た。林道に出て、また蛇とご対面である。福島の山は本当に蛇が多い。熊でなくて幸いではあるが。
7分ほどで御鍋神社の入口に着いた。疲れているのでこのまま真直ぐ行きたいところである。しかし折角近くを通ったのだから、行こう。道を鋭角に逆方向に戻る感じである。緩やかな道を川に向かって下る。
鐘の代わりに大なべが吊るされていた。平家一族が逃げ込んだ秘話が記されている。
気を取り直して、林道を急ぐ。二岐温泉の橋に3時到着。無常である。川を挟んですぐそこが二岐温泉である。たしかに橋は工事中である。橋の基礎はしっかりしている。堅牢な橋になりそうだ。「せめて人が行き交いできる小橋を用意してくれてもよさそうだ。」と思う。川の向こうは温泉街。川のこちらには1軒の人家もない。要するに住民はいないのである。観光客、登山者には大変不便である。
これから先は遠回りして峠を越えて先ほどの温泉へ向かう。そして暗くならないうちに車でここへ戻ろう。
登山の迂回路は思ったほど時間は掛からなかった。40分ほどで温泉先の車まで戻れた。
温泉に入ろうと何処にしようかと探す。大和館が営業中と看板を掲げていたのでそこに決めた。ご主人に食事はできるかと聞いたが、駄目であった。今日は車で寝るので暗くなっては面倒と思ったのである。
とりあえず、急いですっきりして明日の登山口になる温泉先の橋の向こうへ駒を進めたい。500円払って風呂に入る。
朝、探索した道に入り、気になる二又の道へ進む。10メートル先から砂利道の林道になっていた。心細い道をゆっくり走り、やっと温泉の反対側に着いた。5時過ぎに到着。早速ボンカレーの夕食である。誰も居ないさびしい所である。対岸の温泉の明かりが近くに見えのであるが、ものすごく遠く感じるのである。
まだ6時なのに寝るしかない。明日の朝食の準備だけ済ませ、寝る。
窓から「誰かに覗かれないかな」と不気味なことを考えてしまう。余計なことは考えまいと横になった。

9月20日(木)
 5時起床。車の中で何回も寝返りを打った。熟睡したとは思えない。11時間もゴロゴロしていたわけである。
 ガスに火を点け、お湯を沸かす。インスタントのお粥と白桃の缶詰。
 6時に出発。登山口は目と鼻の先。誰もいない静か過ぎる朝だ。やや曇り空。はっきりしない天気だ。鈴を鳴らしながら森に入る。
 小川に平行して緩やかな登山道である。歩きやすい。小川を何回か渡り、30分ほどでジクザグな道を登りきると尾根筋に出る。昨日と打って変わって楽なコースである。
 一部稜線が削られているところがある。蟻ノ戸渡りの一部なのかな。
 またくもの巣で閉口する。更に悪いことに笹の朝露で登山道は塞がれている。全身がびしょ濡れである。もう二度ときたくないと思った。高度が少しずつ上がるにつれ、風が強く吹いているのが分る。また昨日登った三角推の立派な二岐山が見えてきた。
 やけくそで登りつめた。8時20分頂上に着いた。林に囲まれている。(草むらに三角点の標柱らしきものあり)その先10メートルほど行くと西半分の展望の利く広場に出る。大白森山が見える。「さあ~て!と、どうしょうか」と悩む。露に濡れるのはほとほと参っている。でも時間的に大白森山の往復はできそうだ。この先を降りてみる。また悩んで、また先に降りてみる。どうも決断が出来ない。「止めよう、山を早く下りてゆっくり温泉浸かろう」と決める。
 また頂上に引き返した。展望の利くもうひとつの頂上の広場で昼食の用意をする。風はなくなり穏やかである。お湯を沸かし、カップラーメンを食べる。何処からとなく、大きなハエが群がってきた。ハエに邪魔されたくないと思い、こちらもむきになって急いで食べた。
 靴の中が気になり、靴下を脱ぎ、絞ってみたら水が滴り落ちてきた。気休めに石の上で干してみた。簡単には乾かない。諦めて履きなおす。ここで昼寝をしたい気分である。まあ充分に休んだので降りよう。
 9時40分に下山開始。
 空も晴れ渡り、朝露も乾いてきた。倒れ掛かっていた笹ももとに戻ったのか登山道も歩きやすくなる。そして蜘蛛の巣は来るときに巣々(すす)払いをしてきたので、なおさら快適に降りることが出来た。登りとは打って変わった快適さである。ここで反省してみた。無名に近い山は平日と早朝は避けた方が良い。誰も人が入っていないので、蜘蛛の巣に引っかかるし、朝露でびしょ濡れになる。と思ったが、日本の山を隅から隅まで登るには避けられそうもない。
 尾根道を降りて、緩やかな登山道を歩くと森のこずえで囀る小鳥の声を聞くとやっぱりここへ来て良かったとしみじみ思った。とても心安らぐ空間である。楽しく降りてきたら、エンジン音やら、笛の音が聞こえてきた。(11時5分)すぐ林道に出た。橋梁工事でクレーン車が鉄骨を吊り上げていた。
 誰もいない朝だったが、今は工事関係者たちが忙しく動き回っている。林道の土手には赤、ピンクの花が群生してきれいに咲いていた。
 車の周りのごみを片付けて、11時30分に出発。林道の凸凹道で車の腹を擦らないように注意したつもりだったが、昨日と同じ場所でまた擦ってしまった。
 12時丁度に大和館に到着。大和館入口向かい側に広い駐車場がある。昨日は他の旅館の駐車場だと思い、遠慮して大和館入口に入ったらかなりきつい坂道を降りてしまった。今日は広々した駐車場に私の車だけが留まる。
 この時間である。誰もお客さんはいない。入口のブザーで来意を示すと、階下で人がいるのでそこでお金を払ってくださいとのこと。昨日はロビーでご主人とお客さんが談話していた。
 昨日来ているので勝手知った旅館なので、着替えと小銭とデジカメを持って階段を下りる。娘さんに500円を渡し、風呂場に。
 二俣川を渡り、露天風呂で空を眺め横になる。缶ビールを飲んで川のせせらぎを聞きながら、癒しのひとときを過す。ふと何気なく、後ろを振り向くと、茶色い大人のリスがこちらを伺っているようだ。「いや~、こんにちは!」とでも云っているのかな!と思っていたら脱兎のごとく、赤い橋(露天風呂用)を渡っていった。対岸のコンクリートの上を更に走り去っていた。ラッキーである。お客がいないからこそ、こんな出会いがあったのだと思った。山では日常茶飯事のことなのだろうが、私にとってはとてもめずらしい光景である。
 ますますこの温泉が好きになった。まだ時間がたっぷりあるので横になり日差しを避け、半身を木陰に移し、ボンヤリと上空を見ていたら、ピカピカと光る糸がスーと降りてきた。毛虫がそよ風に乗って地上に降りてきたのだろうか。真っ裸な私も自然という神秘な所にいると自分も自然の仲間として溶け込んでいるのである。.....
 風呂場にあるパンフレットを読むと。「秘湯」という造語はここが発祥の地であるという。ヒストリーがあるのである。
 午後1時45分に出発。急ぐ旅ではないので、ゆっくり帰ろう。羽鳥湖に寄り、ちょっと湖まで降りてみたが、なにやら工事をしているようだ。特段見るものもなかった。なにか物足りなかった。
 道の駅に寄り、土産ものを仕入れた。そしてベンチでソフトクリームを食べる。面白いもので、私が食べ始めたら、それに釣られてか何人かの人が食べていた。
 我が家に6時30分に到着。ナツ(猫)がお迎えに来てくれた。

< 参考 >
①山行記録:
1日目/歩行距離13Km(4時間50分)
 二岐温泉林道入口<25分>登山口<1時間10分>地獄坂<7分>女岳<27分>男岳<40分休憩/12分>男岳坂<23分>ブナ坂<18分>あすなろ坂<7分>八丁坂<7分>林道<8分>御鍋神社<45分>二岐橋(小白森山登山口)<40分>二岐温泉林道入口

2日目/歩行距離 10Km(3時間45分)
 登山口<30分>尾根筋<1時間50分>小白森山<1時間10分休憩/1時間25分>登山口


②交通費:
 ガソリン代            7373円
 高速代              8000円
③地図


二岐山・小白森山概略図.JPG

第295回 秋山二十六夜山<高尾・道志> [登山]

二十六夜山山頂070911F0017.JPG
実施日:平成19年9月11日
目的地:秋山二十六夜山(標高972メートル)<高尾・道志>
メンバー:単独(56才)

 山行翌日、安倍首相が突然辞意表明した。参院選で大敗し、閣僚の不祥事を多く抱え、それでも続投していた矢先である。APEC会議で米国軍艦への自衛隊のインド洋給油を継続する為、職を賭してこの法案を(国会を)通したいと。これが大きな辞める引き金になったようだ。参議院選挙で過半数の民主党党首との党首会談を申入れたが断られ、求心力を失ったとして責任を取る。今までに前例のない事態に日本国民は驚いた。果たして日本丸の進路はどうなるのだろうか。
9月11日(火)
7日に台風が関東地方を直撃した。関東山地は大雨で土砂崩れが起こる。そして残暑(今年は猛暑)の湿気が残る。天候は曇りから雨の予報。
朝一番のバスで出かける。御茶ノ水駅で総武線から中央快速にうまく乗り換えられた。高尾で河口湖行始発に乗換。上野原駅で下車。駅の北口改札口前は狭いロータリ(回転不可なので前後数回、切返す)でバスが上手く方向転換している。こんなバス停もめずらしい。日大高校生がバス停であふれていた。無生野(むしょうの)行のバスは高校生の群れが去ってから到着。8時28分発。乗客は作業服を着た二人と私だけである。高台の駅から周囲の山を見回すと雲に覆われていた。下に桂川が蛇行している。晴れていれば結構眺めの良いところである。バスは桂川へと下る。川を渡る橋も対向車が大型であると、渡れない。ダンプカーが2台通り過ぎるまで待っていた。バスは街中から離れると山間へ入る。バスがやっと1台走れそうな細い道である。山越えをして、秋山川に出る奥牧野で相互通行の出来る車道になる。そのときはすでに乗客は私だけである。もったいないような気がする。午前、午後各2便の運行である。地元の足なのであろうが、バス会社もかなり負担になるのではないかと心配。我々登山者にとっては大変助かるのであるが。
終点、無生野に9時11分、予定より7分早く着いた。登山口(バスの折返し場所且つ、禾生駅方面の赤倉ヶ岳バス停)はここから5分ほど歩く。先ほどのバスは待機していた。バス停(赤倉ヶ岳)から舗装道路を登ると人家がある。坂道を登りきった辺りの民家の1階屋根から犬が私を出迎えるような形でこちらを見ている。柴犬だと思う。「何か吠えられそう」だったが大丈夫だった。
林道は土砂崩れを片付けたような形跡がある。やや心配だ。二股の林道を真直ぐ進む。(道標なし)堰堤の左岸を進むと林道は行き止まりとなる。ここで初めて道標があった。「赤鞍ヶ岳」。ほっとするがこの先が問題。沢に取り付いている道が土砂崩れでよくわからない。廃道寸前な道だとある程度認識していたがこの台風で更に悪化した模様だ。朝日山手前のサンショウ平までは到底無理だと判断。今回は朝日山を断念し、二十六夜山だけに絞ることにした。それにしても悔しい。10時丁度。もと来た道を引き返す。歩調を速める。鈴の音も「カランコロン」と勢いよく鳴り響く。民家の犬の姿はなかった。
車道を1.5キロメートル戻る。地元のおばさんに二十六夜山の登山口を聞くと饅頭やまで行けば分ると教えてくれた。その饅頭やの向かいにキャンプ施設の入口があり、登山口にもなっていた。(浜沢)
10時33分。バンガロー施設のある坂道を登り、更に古そうな小さな別荘地帯を抜けると尾根に取り付く急登が待ち受けていた。蒸し暑い中である。前方を見たらどっと疲れが出て来た。まずはあと10分登ろうと自分を励ます。
「ありがたい!」東屋がある。展望も利かない場所である。とりあえず10分休む。息を整える。
左隣の尾根を望みながら、3箇所くらい急登を登り続ける。苦しい登りである。「先ほどのロスが利いているのかな!」そのうえ蒸し暑いのである。登りに強い私でさえもややへたばって来た。やっと展望の利く場所に出る。北西方面が切り開けていた。(この山登りで唯一の展望場所だった。)ややとがった山があり、その後ろの山は雲に覆われていた。
喘ぎ喘ぎ登り続ける。赤鞍ヶ岳と二十六夜山の分岐に出る。(標識あり)二十六夜山は左にまた登りである。二つの坂道を登りきると平坦部に出た。また赤鞍ヶ岳への分岐標識がある。
左手真直ぐに進む。10分ほどで頂上入口に出た。雲の中なのであろう。濃い霧が横切っていくようだ。右手に進むと2,3分で雑木林に囲まれた空き地に出た。頂上である。(この先に2箇所道がある)三角点もある。山梨県100名山の標識をバックに写真を撮る。11時52分。Tシャツを捲り上げ、背中にタオルを当てる。ザックの肩当が汗でびっしょりぬれて染込んでいる。パン2個とみかん入りゼリー1個食べる。やっと気持ちも腹も治まったようだ。
時間はたっぷりある。下山は大汗をかかない程度で歩こう。30分後に頂上を後にする。
来た道を引き返し、尾崎方面へ向かう。すぐに二十六夜塔(1メートルほどのだるま石)があった。登りもそうだったが、くもの巣で参った。落ちていた小枝を拾い、神主のお払いの真似ごとをしながら、くもの巣を払いながら歩く。今日は誰とも会わないはずである。
尾根道から沢に降りる。土砂崩れで道が一部埋まっていた。道はすぐわかるので特に心配は要らない。
丘陵地帯の民家を下ると車道に出る。尾崎村。午後1時26分。ビールが飲みたいと思い車道を下ることにした。
結局、お店がなかった。寺下まで来て諦めて、バス停で着替えてゆっくり休憩をする。1時間ほど休んだ。富士急山梨交通のバスが折り返して来た。(本町3丁目行のバス)午後2時42分。5分遅れてきた。乗客は私だけである。
途中、おばあさんが二人乗ってきた。上野原の町までお買い物なのだろうか。運転手さんのすぐ後ろで世間話が始まる。
上野原駅は私だけ下車した。駅で30分待ち、快速東京行きに乗る。これは便利だ。高尾で乗換しなくて済む。
新宿駅に6時7分、到着。アナウンスがあり、「6時6分中央線下り、吉祥寺駅で人身事故があり、この電車もどこで止まるか分りません」。総武線に乗り換えた。中央線がストップしたらしい。総武線もその煽りで4分遅れて船橋駅へ着いた。不幸中の幸いである。吉祥寺通過後の事故で助かった。中央線は人身事故が多いところだ。
< 参考 >
山行記録:歩行距離7Km
 無生野~沢入口(行き止まり)   50分
 沢入口~無生野~浜沢       33分
 浜沢~あづまや            20分
 あづまや~見晴台           35分
 見晴台~赤鞍ヶ岳分岐        5分
 赤鞍ヶ岳分岐~分岐         10分
 分岐~頂上入口            10分
 入口~頂上               2分
浜沢~頂上まで  <1時間20分>
 頂上~二十六夜塔           5分
 二十六夜塔~下尾崎         55分
 下尾崎~寺下             20分
頂上~下尾崎   <1時間>
 合計時間(休憩含む)     4時間50分

交通費:
 東京~上野原(往復)       2220円
 富士急山梨バス
 (上野原~無生野)          880円
 (寺下~上野原)            780円
 合計                  3880円

概略図
秋山二十六夜山概略図.JPG

第294回 高畑山<高尾・道志> [登山]

高畑山070623F0049.JPG
実施日:平成19年6月23日
目的地:高畑山(標高:981.9メートル)
メンバー:単独(56才)

最近、年金問題が再浮上してきた。社保庁の基礎年金データーのずさんな管理が暴露された。当然責任問題が生じてくる。厚生労働大臣の監督責任、そして当事者である歴代の社会保険庁長官の責任問題。長官は天下り先で甘い汁を吸い、国民の年金で莫大な退職金を貰っている。 国民は年金を納めてもデーターの未入力で貰えるはずの年金が支給されないのである。何百億という支給されていない年金はどこにいったのか、政府は明らかにしない。年金が不足しているといいつつ、支給年令を引き上げたり、加入期間の入力漏れで支払いせず、国民から吸い上げるだけ吸い取る寄生虫なのである。溢れたお金をグリーンピアなど不必要な施設を日本中に作り、倒産させ誰も責任を取らない官僚たち。寄生虫呼ばわりされてもしょうがないと思う。
ましてや、ボーナス時期に満額を支払う公務員の体質が腐りかかっていることを証明している。民間であれば、社保庁自体が倒産している。賞与どころではないはずである。
政治家が頼りなさ過ぎである。国民のための政治家でなく、官僚の為の操り人形である。腐敗にまみれた政官界日本。平和な日本に改革する政治家はなかなか活躍できないのだろうか。....諦めてはいけない!

6月23日(土)
昨日の天気予報が雨から晴れに。明日へ延期するつもりだったが、本日決行することにした。この周辺の山は登りつくしたと思っていた。がよく調べたら高畑山を登った記録がないことに気がついた。ということで近場の山行となった。
4時40分に起床。団地の始発バスに乗る。船橋駅でポリデーパスを購入。総武線でお茶ノ水へ。高尾行に乗換、八王子で当駅始発の甲府行に乗る。高尾から登山者が多数乗り込んでくるかなと思ったが、少ない。天気の急変と梅雨時期が重なり、敬遠されたのだろうか。おかげで車内はガラガラである。
8時50分に鳥沢に到着。初夏を思わせる上空である。登山者が数組降りる。登山者は思い思いに歩き始める。駅前のタクシー3台は乗客がなく暇で玩んでいるようだ。
私は9時丁度にスタート。駅前の甲州街道を右折する。5分歩くと、鳥沢小東の信号に高畑山への案内標識がある。近道である。JR線の下の細い通路を潜る。
畑に額アジサイがきれいに咲いている。町工場と石屋を通り過ぎて右折する。住宅地を抜けると、広い車道に出て、右折して下る。桂川を真下に見下ろして虹吹橋を渡る。9時18分。坂を登りきったところから斜め前の車道を左折する。ここから右手を仰ぐと扇山と左手に百蔵山の全貌が窺がえる。
住宅地を案内標識に従って進む。沢の林道に出くわす。車両通行止めの鉄扉があり、人間はどうすれば良いのかとよく見ると。右端に一人分の扉が付いていた。
直進すると土手である。その上が小篠貯水池である。ちょっとした大きな池である。小さいボートが2艘浮いている。釣りをしている様子だ。9時30分。
沢伝いに登る。長袖シャツをしまい、半そでシャツになる。日差しを遮ってくれる森林の中は気持ちが良い。
地蔵さん(石仏)のある分岐点に来た。直進は穴路(あなじ)峠。右折は急な登りの高畑山である。9時58分。昔、倉岳山山行で直進しているので右折することに。
上の方で人の声がする。ジクザグの道を上っていく。6人のパーティがゆっくり登っている。私同様、中年のオジサン達である。こちらもゆっくり登る。このパーティも隊列が割れてきた。私は鈴を付けているので後ろにずっとくっ付いて来ているのがわかったらしい。前に譲ってもらう。3箇所でお礼を言う。先頭の人は額に玉のような汗をかいていた。「暑いですね!」と声をかける。人事ではない、私もシャツがびっしょりである。
一時、平坦な道に出て、ほっとする。するとまた急登である。標識を写真に留める。
一度も休憩らしい休憩をしていないのでやや疲労感が出てくる。後ろのパーティも登りにかかったらしい。「いやおじさん達も頑張るな!」私も気合を入れる。
尾根筋に出て、すぐ頂上に着いた。10時51分。鳥沢から1時間51分である。2時間30分の予定であったが、思わぬ快走で早く着いた。一本の松の右手に雲の上に富士山が辛うじて顔を出していた。富士山の絶景ポイントであるが残念である。(写真に収めたが、雪を被った富士山が雲と同化して解らず)
ここで昼食にする。三脚を立て、富士山をバックに記念写真を「パチリ」。
先ほどのパーティは途中で休憩を取ったのだろう、大分経ってから着いた。彼らは昼食を取らずに20分ほど休憩して穴路峠方面へ下っていた。
当初の予定では猿橋方面(大桑山)へ行く予定であったが、猛暑のなかの長いアプローチは頗るヘタバル。一番な楽なコースに変更した。
11時25分出発。穴路峠方面へ。すぐ右手に雛鶴峠方面の分岐がある。真直ぐ進む。多少下ると天神山に出る。例の6人パーティが扇山方面を見て、その先の山が「○○だとか」地図を広げて勉強中。
あっという間に、鞍部の穴路峠に着いた。11時51分。丁度十字路になっている。通り過ぎれば、倉岳山への登り。私は右折して無生野(むしょうの)へ下る。
こちらに抜ける人はほとんどいないと思う。が道はしっかりしていた。最近、杉の手入れがあったと見え、枝が散乱していた。
沢道に出て、一部道が怪しくなるが、草むらをまっすぐ進む。
石垣跡に囲まれた沢を抜けると林道に出た。道が新しく舗装されたばかりである。12時15分。5分下ると旧裏鎌倉街道である。
左手にバス停がある。「赤倉岳」。この時間は昼間に1本しか通らない。このバスを逃したら大変である。13時23分発なので余裕である。バス停横に「雛鶴姫の記」という碑文があった。「建武2年(南北朝時代)に護良親王が鎌倉の石牢で死ぬ。親王の子を身ごもった雛鶴姫が親王のみしるしを京都に葬る為に鎌倉を抜け出し、ここ甲斐の国秋山で出産するが母子ともに衰弱して死んだ」とか。悲しい物語である。
またバス停横に二十六夜山入口という看板がある。今倉山近くにも同じ名前の山がある。今度はこの山に登ろうかと次回山行計画を頭にインプットする。
こへ降りてきて、収穫があってよかった。バス折り返し広場の木陰で休憩する。
ガードレール下に沢蟹を発見。舗装道路に出ようとしたが、引き返して行った。
バスが来た。乗客は私だけである。雛鶴姫トンネルを抜けると、リニアモーターカーの駅が見えた。生憎リニアモーターカーは見られなかった。
禾生駅前で下車。富士吉田街道を越えて、右手に駅がある。大月まで切符を買う。地元の高校生と会話して時間つぶしをする。
午後2時18分発大月行。大月で2時30分の立川行きに乗換、更に高尾で中央特快に乗り換えて東京へ。我が家に5時40分頃到着。
家に着いたら、妻から圭(息子達)が来ると言って夕食の用意で急がしそうである。親ばかかな!
< 参考 >
時間:
 鳥沢駅~高畑山頂上  1時間51分
 高畑山~無生野(赤倉岳バス停)
                     55分
 合計歩行時間       2時間46分

交通費:
 新京成バス(往復)         500円
 ホリデー切符            2300円
 富士急バス              570円
 富士急電鉄              290円
 合計                  3660円

概略図
高畑山概略図.JPG

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第293回 皆子山<京都府最高峰>・伊吹山<滋賀県最高峰> [登山]

実施日:平成19年5月28日~30日
目的地:皆子山(標高:971メートル/京都府最高峰)・伊吹山(標高:1377メートル/滋賀県最高峰)
メンバー:単独

山に出かけようとすると、政治家が死ぬ。前回も国見岳(熊本)に登ろうと熊本市に入ったら、長崎市長(市長選)が暗殺された。今度も京都まで出かけようとしたら、松岡農相(緑資源機構の談合問題)が自殺した。どうも縁起が悪い。国見岳は9合目で撤退。今回も滋賀県の伊吹山で雨だった。登山する前日に事件が起きる。ただの偶然なのだろうが気になる。ここ暫らくはビックな登山もないので平穏な日本でいてもらいたい。  
ガソリンの高騰で車での山行は費用が嵩む。一人旅なのでやや贅沢である。47都道府県の最高峰を巡ること自体、道楽の部類に入ると思う。この道楽が私の生きがいなのでしょうがない。わずかなお小遣いを工面してでも行き続けたい。
5月28日(月)
夜勤明けなので、日中帯は睡眠に徹する。夕食時間にテレビをつけると、松岡農相の首吊り事件で賑わっていた。談合事件の張本人なので闇に葬った形になる。安部政権に暗雲が立ち込めているように思える。参議院選挙に影響するのは必須である。などと妻と会話しながら食事をした。
風呂から上がり、すっきりして午後10時前に家を出る。京都に早朝着く予定である。すくなくとも8時間はかかる。遊びとなればこれも苦にならない。
5月29日(火)
東名高速は大型トラックが非常に多い。無理せずに海老名、浜名湖、養老SAでそれぞれ休憩した。養老SAで朝食代わりに豚汁を食べ、昼飯用におにぎりを2個買い込む。ガソリンも後、四分の一になり、給油した。137円/リットルは高すぎだ。高速なので高いのが相場である。20リットルだけ入れた。
ここまでは順調である。だが大垣から吹田まで工事渋滞である。1車線に規制されている。所々で車が止まる。関が原で後続の2トン車が蛇行運転しているのがわかった。前方でトラックがハザードしているので私もハザードで後方車に知らせた。がこの運転手、スピードを下げずに突進してきた。「むっー、とまれよ!」分かってくれたのか止まった。「よかった!」
このままで行くとトラックとのサンドイッチにされてしまう。予定の八日市ICまで我慢できない。次のICで降りることにした。蛇行するトラックを気にしながら、「早く来い早く来い」とICの出口が待ち遠しい。
やっとのことで彦根ICで降りた。午前6時である。高速もノロノロだし、一般道へ出ても同じだと気持ちを切替える。ナビゲーターを入れ直す。野洲市で1本、道を間違えて、ロスしたが、琵琶湖大橋(210円有料)を越えたら、シンプルで分りやすかった。但し、家のナビは古いので国道367(さば街道)の旧道(人家のある狭い道)を一部走らされた。
花折トンネルを抜けると、集中した人家に出る。平バス停があった。ここで駐車出来そうである。イベント用の白いテントの先に邪魔にならないように留める。6時50分。早速、準備に取り掛かる。久しぶりの地下足袋である。足袋のつめが上手く入らない。ここは冷静に!
7時5分にスタート。車が結構通る。歩道がないのでやや歩きづらい。安曇(あど)川沿いの旧道を見送り、真直ぐトンネルを2箇所潜ると、左手山斜面に段々畑状の堰堤ダムが見える。そして坂下トンネル入口でまた旧道と再会する。そこを左折し、足尾谷(あしびたに)橋に出る。7時34分。軽自動車が一台停車している。人がいるようだ。橋手前の林道に入る。川沿いに歩くので気持ちが良い。7時44分、小さな中村発電所を通過。7時54分、林道終点。
早速丸太2本の橋を渡り、沢に入ったという感じがする。途中気になることがある。杉の幹に色分けしたテープが巻きつけられていた。間伐するためなのかはっきり分らないが何かの目印なのだろう。弱い日差しがさらに遮られ、川のせせらぎを耳にし、渓谷の奇岩を観賞しながら歩く。段々なじんでくると小鳥たちの囀りも聞こえてくる。
8時8分、やや沢から外れたところで左下に小屋がある。ワリ谷を過ぎる。
8時15分、足尾谷から左手のツボクリ谷に入る。沢を何回も渡る。
栃の木が一本ある。ブログに出てくる木なのだろうと思った。大木の栃の木で休憩するによい場所と紹介されていた。8時50分。更に進むともっと大きな栃の木があった。9時1分。写真に収めるには大きすぎたようだ。
ツボクリ谷の支流(左へ)に9時15分。水量も大分減るが、やや登りが急になる。私はてっきり尾根道に出るのかと思っていたが、湿った沢を詰める感じである。
今回は地下足袋でややオーバーな感じであった。水の中をジャブジャブ歩くのかと思ったが、軽登山靴で大丈夫である。ただ女性の歩幅では石から石へ渡るのに苦労するかもしれない。下手をすると靴毎、水の中に。沢登りと違い、危険な場所はないが、沢を詰める所と、沢に下るところは急なので疲労するかもしれない。
沢を詰めたら、急に山頂になる。9時43分。静かな山頂である。小鳥の出迎えを受ける。「ホーホケキョ!」は分るのだが、他の小鳥たちの鳴き声が何の鳥なのかは分らない。それにしてもすがすがしい気持ちになれる。
正面左手に林が切り開かれている。武奈ヶ岳、蓬莱山が見える筈なのだが、雲に覆われている。この山自体低いので眺望は期待しない方がよい。養老SAで買ったおにぎりはぼそぼそで硬くなっていた。まずい。賞味期限も9時で切れている。町のコンビニで買えばよかったと反省する。
皆子山070529F0046.JPG
頂上には三角点がある。立派な標識もあるのだが、やたらと皆子山の名前入りプレートが木にぶら下がっていた。皆さん記念に自家製の標識を置いていくのだろう。29個、否30個あったかな!
充分休憩した。10時13分に下山する。30メートルほど進むと、右手に皆子谷、左手に寺谷と親切に小さいプレートが木にぶら下がっていた。頂上のプレートの少しでも沢の分岐点に置いてもらったほうが役立つと思うのだが。
寺谷方面に向かうとやや見晴らしの良いところが一ヶ所あり、そこを過ぎると急降下する。沢にドンドン降りていく。平坦な所に足を置けば良いのだが、小石の突端を踏みつけると地下足袋では痛そうだ。足場を常に見て歩くので気が抜けない。20分下ったところで、中年の紳士風の方が登ってきた。挨拶して通り過ぎようとしたら、私の出で立ちを見てから「あとどのくらいありますか!」
「2,30分で上がれますよ。ちょっときついですけど」地元の人と思ったのか!たしかに地下足袋を履いていれば、そう思うのが自然かもしれない。
 11時にへんな標識があった。KITW小舎。「この左手奥に小屋でもあるのかな!」と不審におもいつつ、更に下る。急流の小さい滝に大蛇が昇っているのか尻尾が見える。よく見ると木の幹がUの字を描くような形で引っかかっているようだ。
渓谷美を写そうと思い、デジカメを構えたら、レンズが勝手に仕舞いこんでしまった。電池切れである。まだ50枚位しか写していないのにと腹が立つ。もう1セット予備電池を持ってきているのであるが、明日の分なのである。
寺谷から抜けて、安曇川の対岸の丸太橋を渡る。11時10分。沢から開放され、広々とした林道に出る。平坦な道を歩く。時より日差しが出てきた。緑の大きな杉に藤の花が纏わりつき、綺麗な紫色が際立って見えた。
前方の山斜面に白いガードレールが見えてきた。峠を下る車だ。地図を開き、平集落のある停留所を確認。この林道をまっすぐ行けば、国道と合流する。
林道脇に水田がある。集落が見えてきた。緩やかな坂道を上がると鯖街道に出た。左手に停留所。そして私の車も発見。11時43分。何時の間にか私の後ろに一人の青年がついてきていた。バス停で時間でも調べているのか、小屋の中にいるらしい。
私もほっとして、車の後部ドアを開き、地下足袋を脱ぐ。すると京都方面からバイクが私の車近くに停車した。ヘルメットを取ると若者である。京都の地元の大学1年生である。まだ少年らしさが残る可愛い子である。バイクが楽しくてたまらない様子だ。まだおしゃべりしたい様子だったが、私も次の予定があるのでその場を去った。
事前に予約していた近江八幡のユースホステル(受付は4時30分)に行くにはまだ早い。織田信長築城の安土城跡へ行くことにした。朝きた道を引き返す。こんもりした山の麓に無料駐車場がある。時間つぶしには丁度良いところだ。入場料500円を払い。石段を登る。左に豊臣秀吉、右に徳川家康の屋敷跡がある。日本を統一した英雄である。天主跡まで上がると相当しんどい。当時は三方、琵琶湖の内湖に囲まれていたそうだ。日本有数のお城である。現存すれば立派なお城が見えたろうにと残念である。帰りに三重塔と二王門(室町時代作で甲賀から移築)を回って降りてきた。観光客も少なかった。まだ時計の針は3時。車内で横になる。
近江八幡のユースホステルは人家の少ない山の裏手にある。建物は古く明治時代の物で文化財に指定されているようだ。本日の宿泊者は4人。おしゃべりした相手は同じ船橋の大学生である。今流行のはしかで一週間休講中なのでこの期に関西旅行中だとのこと。ちなみに息子の大学の後輩でもあった。話が合わないわけがない。
行程
平停留場(30分)足尾谷橋(10分)中村発電所(20分)ツボクリ谷(45分)
栃の木大木(15分)支流(30分)頂上
<上り2時間30分>
頂上(45分)寺谷・KITW小舎分岐(10分)林道(35分)平停留所
<下り2時間>
概略図(皆子山付近)
皆子山付近概略図.JPG

5月30日(水)
昨晩8時過ぎに寝たので、早めに目が開いた。3人の若者たちは熟睡中である。6時30分に2階から降りて、スポーツ新聞を眺める。船橋の学生も降りてきた。お互い今日のスケジュールを教えあう。私は天気が気になるところである。曇り時々雨なのであるが、早めに雨になるかもしれない。案の定、外から雨音が激しく聞こえてきた。予定を変更して、伊吹山まで車で上がることにする。(裏のスキー場の5合目からあがる予定だった)
髪の毛を長くしているオーナー青年(?)が気を利かして朝食を早めに出してくれた。
8時10分に出発。またナビに登録する。昨日の道を辿るのかと思ったが、誘導する道は全く反対の道である。琵琶湖に沿って走った。信号も少なく走りやすい。通勤時間なのか車両は多い。
ワイパーは忙しく首を振っている。船橋の学生との会話で彦根城の入場料が1000円だったので入らなかったそうだ。私も高いと思う。特に学生にしてみたら高すぎる。別に彦根城を見る予定でもなかったのだが、何時の間にか黒塗りの屋敷通りに出て、お堀に出た。話題の彦根城に来てしまっていた。お城は見えなかったが、市内を通り過ぎた。気になるのがガソリンである。ガソリンを入れたいのだが、近江八幡で126円の看板があった。それを基準にスタンドに入ろうとおもったが、段々高くなる。山の帰り道で名古屋近くで入れれば安いかなと思ったりして、決断つかず進む。
米原市は大きな町かなと思ったが、JRの操車場は広いのであるが、通りに面したところには人家が少ない。大きなガソリンスタンドもなく通り過ぎてしまった。
伊吹山ドライブウェイに入る。料金所のおじさんが「上は曇っていて何も見えませんがよろしいですか!」
「今日、どうしても山頂にのぼらないといけないものですから!」
高い3000円を払って通過した。ここから17Kmもある。果たして戻ってこられるまで燃料が持つだろうかと心配する。対向車は1台もない。真っ白な闇の世界を走っているようだ。途中、雲の切れ間があったが、登るにつれて真っ白である。
終点の駐車場に着いた。売店が見えない。恐る恐る車を進めたらあった。車が一台ある。売店の車らしい。近くに止める。9時55分。用を足して、雨具とスパッツを装着。傘を差して10時20分出発。正面の中央遊歩道を歩くことにした。頂上まで20分。石段で本当の遊歩道である。10時35分に日本武尊像に到着。反対側からも中年4人の登山者が出現する。私は車で上がったのでちょっとばつが悪かった。お互いに写真の撮りっこをする。
伊吹山070530F0056.JPG
周りに売店等の建物があるが売店は閉鎖されている。軒先もない。雨をしのぐ場所がない。有料トイレがあった。唯一雨風をしのげる場所だった。「帰りは東遊歩道にしょう!」日本武尊像を通り過ぎて、三角点を確認する。
ここからは遊歩道ではなく、山道になる。一箇所、風の通り道なのか突風に煽られた。11時20分に駐車場に戻った。中年夫婦と単独者が登っていった。売店に寄り、バッチを1個買う。
「さあ-てと!これからが大変」。次のガソリンスタンドまで持ちますようにと祈る!
対向車がいないのでなるべくブレーキを使わず、対向車線を使い大回りしながらカーブを切る。車が前傾なのでメーターのゲージの油糧が登りより多くなっている。ガソリンが増えるわけがない。アクセルは極力踏まないように降りた。
ガソリンスタンドは売店の人に聞いていたので、料金所を真直ぐ行くと5分ぐらいのところにある。関が原に入り、21号線にガソリンスタンドを見つけた。129円の看板がありこれはたすかったと思ったが、132円であった。満タンにし、安心する。折角、関が原にきたので観光地を回ろうと店員さんに聞いたら、伊吹山しかないと言われた。自分の地図を見たら、徳川家康初陣地跡がある。「ここへ行きたい」といったら、「すぐそこだから、車を置いていっていいですよ!」
早速、スタンドの端に駐車した。なんとすぐ隣に登り口があり、桃配山の案内板と家康最初陣跡の旗がある。国道脇の崖にある感じだ。写真を収め、今度は決戦地を見ようと町へ戻る。歴史民俗資料館に入る。310円を払う。関が原の模型図を見ていたら、後から来た二人連れのおじさんたちが赤ランプを押しながら、陣地の移動と小早川の裏切りで大谷吉継の陣を破るのを説明していた。おかげでよく解かった。少し勉強になったかな!
家康の最後陣跡と決戦地を見て、名神高速に入る。
養老SAで昼食休憩。午後1時52分。
浜名湖、富士川、海老名SAで休憩し、我が家に8時45分に無事到着。
行程
<上り>伊吹山駐車場中央遊歩道(15分)頂上
<下り>頂上・東遊歩道(45分)駐車場
概略図(伊吹山)
伊吹山概略図.JPG




第292回 源次郎岳 <大菩薩周辺> [登山]

源次郎岳F0043.JPG
実施日:平成19年4月29日
目的地:源次郎岳(標高:1476メートル)<大菩薩周辺>
メンバー:やまびこ会6名、私<56才>

久しぶりのTACT山岳部の山行である。須藤さんの山行コールがあり、計画を練る。大分前から仲間に山行案内を出した。那須君からの応答がなかった。行く寸前に那須君から参加申し込みがあり、6名揃う。

4月29日(日)
朝一のバスでは間に合わないので、妻に駅まで送ってもらう。駅前のコンビニでおにぎりとパンを買う。そしてお得な切符(ホリデー切符)を買う。
5人は東京で集合。山岸君は武蔵境から合流。八王子駅で下車。甲府行の始発列車に乗り換える。(同じホームで甲府行は6両編成なので後方から前方へ移動)。空いている。正解である。次の高尾から満員になる。
甲斐大和で下車。各々の用を済ませる。事前に帰りの切符も購入する(帰りのバス、電車の連絡時間が短い為)。
駅前にはすでに運転手がいないレトロ調の小型バスが待っていた。バスはほぼ満席状態である。次の列車で更に満員になる。運転手さんが乗り込むと「皆さん、お金をいれましたか!」。乗客はそれに答えて「は~い!」。村営バスでしかも100円である。穴場のお得なバスである。我々登山者としても、大変助かる。
9時48分に発車。景徳院で半分降りる。バスはかなり高度を上げていく。終点の天目に着いた。振り返ると真っ白な富士山が顔を覗かせていた。「うわぁー、すごい!」降りる乗客も異口同音、感動していた。
私たちは軽く体操して、10時10分に出発。渓谷沿いの道を子供の遠足みたく一列になって歩く。1本の大きな山桜が満開である。
4キロ弱で左手、山斜面の牛奥の2軒の民家を過ぎると嵯峨塩旅館である。すぐ目の前に「源次郎岳登山口」の看板があり、階段があった。地図上ではこの先にもありそうだ。
階段にみなさん並んでもらい、記念撮影。
11時4分に登山開始。まもなく看板があり「富士山展望台10分」。「へぇー、展望台があるんだぁー!」私が調べた限りでは展望の悪い源次郎岳というイメージが強い。せいぜい登山道から富士山の姿がわずかに捉えられる程度と思い、期待していなかった。
ところが樹林帯を抜けたら、山林が伐採されていて、急に開けた。下に牛奥の民家と畑がある。前方をしっかり見ると、昔の500円札に載っていた富士山と一緒である。500円札の富士山よりもっと近く感じられる。今日の穴場スポットである。とても優雅な富士山でした。
展望台とあったが、登山道の斜面であり、一般的にいう展望台とは程遠い。誰しも平坦なスペースでよい見晴台があると思う。この先にあるのかなと探してしまったくらいである。
小泉君を先頭に、ゆっくり歩く。林道に出た。11時48分。ここから山頂に向かう人がいるのだろう。ずっと楽な山登りになる。車が2台駐車していた。
緩やかな登山道に入る。まもなく人間ぐらいの岩が3、4個並んでいた。松の幹に説明看板がある。ひとつは蛤岩とか。
気持ちの良い笹の登山道を更に進むと、下日川峠との分岐にでる。源次郎岳より高い1530メートルピークに到着。12時7分。どうやら木陰の下に見えるのが源次郎岳頂上らしい。
小さい看板に「山頂まで15分」とある。魚住さんに「山頂に行っても展望はよくないと思います。昼食は何処にしましょうか!」「ここにしょう!」皆さんも多少疲れてきているし、時間も時間である。誰も反対者はいない。即決である。
ここは雲ひとつ無い空の元で山林に囲まれた枯葉の絨毯のピークである。南面は小枝の間からあの富士山が見える。北側はやや白い秩父連山で辛うじて見えた。(こちらのピークの方がずっと頂上らしい。私はここを裏源次郎岳と呼ぶことにした)
各々、昼食を済ませた。ザックをここに置いて、ピストン。12時45分出発。
一旦、坂を降り、また登り返すと、平坦な頂上に出た。12時55分。4人組のパーティが弁当を開いていた。白樺の幹にかかった源次郎岳の看板をバックに記念撮影。
展望もよくないので、すぐ引き返す。
ピークに午後1時20分。久しぶりの山行なので疲れも出てきているらしい。息を整える為、5分休憩した。計画書より1時間おくれである。
私が先頭に出発。林道に1時42分。また富士山の展望抜群のところで写真撮影。嵯峨塩旅館のある車道に2時9分。大分、時間短縮した。
皆さんバラバラで渓谷を覘きながら歩く。天目のバス停を越えて、温泉に3時2分に到着。計画書通りの時間になる。
たっぷり2時間休憩できる。駐車場は車で一杯。もちろん、お風呂も大賑わいである。800円の入湯料。地元の人は500円。
風呂から上がり、缶ビールを飲んで一休み。・・・・
バスが登ってきた。天目で折り返すのだが、運転手さん「乗ってもいいよ!」ということで帰りの登山者は全員乗り込んだ。
始発の天目からの乗客はいなかった。景徳院でまた満員になる。バスも予定より5分早く着いたので、乗り継ぐ電車(17:27発)に充分間に合った。
皆さん久しぶりの再会なので大月の例のラーメン屋さんに寄り、ゆっくり飲み会をすることに。
京風ラーメンかつらは団体登山客(20名位)がいてすでに賑やかである。店のご主人も我々に気が付いてくれた。久しぶりなので忘れられたかなと思ったが。またいつものように忙しいのに差し入れがあった。来る度に感謝しています。ちょっと気になったのが、「京風」というメニューがなかったことである。
総武線(外房も含む)沿線住民は特急で帰ることにした。秋にまた再会することを誓って別れる。

*記録* 歩行距離約11Km
天目バス停<55分>源次郎登山口(嵯峨塩旅館)<45分>林道<20分>裏源次郎岳<40分昼食休憩/10分>源次郎岳<20分>裏源次郎岳<18分>林道<27分>源次郎岳登山口<50分>天目山温泉
参考:上り 2時間10分 
下り 1時間55分

源次郎岳


概略図
源次郎岳付近概略図.JPG
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第291回 国見岳<九州> [登山]

国見岳070419F0034.JPG
実施日:平成19年4月17日~19日
目的地:国見岳(標高:1739メートル)<九州/熊本県最高峰>
メンバー:単独

ここ1週間内に銃による事件が多発している。アメリカで韓国人大学生が32人もの学生を拳銃で殺している。そして今回の旅行中に長崎市長が選挙演説後に事務所前で暗殺された。と翌日に町田でも暴力団が自宅アパートで銃を乱射して立て籠もる事件があった。アメリカ社会では歴史風土で自己防衛は当然なのかもしれない。2億個の銃が出回っている。1人に1個の割合である。本当に恐ろしい国である。日本においても暴力団による銃乱射事件が多い。闇世界で売買される銃。これを取り締まる警察にも、もっと力をいれてもらいたい。一般人を巻き込むことは絶対許されないことだ。特に長崎市長の暗殺は暴力団の卑怯極まりない極道レベルでも最悪な行動である。
暴力団内部でも日本の不況下で資金稼ぎが難しくなってきたのだろうか。闇の世界に強力なメスを入れるのに丁度よい機会かも知れない。
それにしても、人間は愚かな動物だと思う。「目には目を、歯には歯を」を地で行く、イスラムの中近東。それと変らないアメリカ。憎しみと殺し合いはまだまだ続くのだろうか。どうにか世界の人々がガンジーの無抵抗主義の欠けらでも身に付けてもらいたいものである。

4月17日(火)
今日は雨である。暖冬から春もいつもより早く訪れたが、ここ数日寒い日が続いている。それでも今日から九州の旅行である。胸を膨らませて出発する。
9時25発熊本行で出発。機内でやや耳が痛み出す。耳鼻科で貰っていた薬を悪化しないうちに飲む。
飛行機が瀬戸内海から九州地方の上空に入ってきた。久住山付近だと思われる。4月中旬なのに雪化粧していた。「まさか!」と目を疑ったが、明日の登山に影響があるのではと心配になる。
11時30分頃、熊本空港に到着し、予約していたレンタカーを借りる。返却時のガソリンは空港付近にスタンドがないので市街地でいれるよう指示があった。空港施設付近の規制があるらしい。今まではレンタカー屋とガソリンスタンドが近くにあり、病院と門前薬局みたいな関係かなと思っていたが、ここはめずらしい。
今日はとりあえず、阿蘇山を観光する予定である。大津・道の駅で昼食を取る。やや霞んだ阿蘇山をドライブ。緑に囲まれた風景は心も癒される。
ロープウェイ西駅に着く。ロープウェイは団体客で時間がかかりそうだ。それに妻と二人でロープウェイを往復するよりも車で有料道路を使っていった方が安い。
火口付近の絶壁は硫黄臭い。ガス中毒を警戒する警備員が配置されていた。白人外国人も居れば、台湾の団体客もいて賑やかである。それにしても寒い。早めに写真を撮って車に戻る。
本日の宿は熊本市の東急インである。ホテル自体に充分な駐車場がないので、明日の登山後の妻との待ち合わせ場所について事前調査が必要だ。熊本城の二の丸駐車場に行くことにした。
熊本市は以外と大きな町である。九州では福岡、北九州市に次ぐ大きな町で人口も70万人。中々縁がないので熊本を堪能したいと張り切ってきたものの市内の名所がわからない。とりあえずはお城である。
ナビゲーターに導かれて来たものの、誤って桜の馬場駐車場に入った。二の丸駐車場にしてもここにしても大差なさそうである。私も明日の山登りでじっくり市内を見物できないので今のうちにと、お城見物をすることにした。
久々に大きな天守閣に登った。平坦にある町だと思っていたが、近くにもっこりした山があった。なんだが阿蘇山から下りて来ても寒い。デジカメも寒さで電池の消耗が早く、シャッターが下りず困る。
お城を一周して車に戻る。我々の目指すホテルはすぐらしい。やはりホテル前に駐車スペースがなく、近くの立体駐車場を紹介された。
ホテルにチェックイン。明日3時に私だけここを出たいと申し出ると、弁当も用意してくれるという。とても有り難いことである。
夕食は街中をぶらり散歩しながら済ませた。あっちこっちで市会議員選挙の立候補者が演説していた。
部屋に戻り、登山の準備を済ませた。テレビをつけると長崎市長が撃たれたと速報されていた。「いやな事件だな!」と妻とおしゃべりする。こんどは天気予報で、一日中雨で山では雪である。しばし悩む。止めよう!無理することはない。フロントにすぐ電話して弁当の件は中止にしてもらった。「ああ、せっかく遠くまで来たのに」ベッドで悶々とする。頭を切替えて、明日の観光計画を考える.....

4月18日(水)
カーテンを開くと窓ガラスは涙でぬれていた。今日は何処へ行っても雨。熊本市内をこのまま去るのも物足りないので、市電で上熊本まで往復した。
駐車料金を1000円払い、天草へ向かう。
道の駅「宇土マリーナ」による。妻のお決まりコースのひとつである。道の駅で地元のめずらしいものを発見するのである。ここは水産物が豊富である。また南国の地でもあるので果物がおいしい。
妻曰く、帰りにもここへ寄りたいとの希望である。
天草五橋を渡る。晴れていれば景色は最高なのだが。海岸線から、島と島を結ぶ高台の橋から有明海が綺麗だろうなと恨めしく思う。むなしくワイパーだけが忙しく動いている。
リップルランド道の駅で買い物を兼ねてゆっくり食事をした。
本渡のループ橋を渡り、天草下島を斜め横断する。崎津漁港の狭い路地に入り天主堂を見学する。風にあおられて傘はオチョコになる。次に見晴らしの良い大江天主堂を見学。当時の幕政で殉教者が多く出たようである。踏み絵で隠れキリシタンの掃討作戦で死者も多かっただろう。
次に島の突端にある富岡城址へ向かう。前もって調べていないので、誰の居城なのかも知らない。取りあえず観光の体裁を整えるために行くのである。相変わらず雨は降り続く。
城址の裏に駐車場がある。縦看板に富岡ビジターセンターは水曜日、休館日とあった。妻を置いて階段を登る。此の山の頂に立派な天守閣らしきものがある。門は閉ざされている。城内の広場に4人の大きな銅像がある。日本の為に活躍し二人(勝海舟と頼山陽)と天草の為に活躍した鈴木兄弟代官の二人である。天草島原の乱は宗教戦争におもわれがちであるが、一種の農民一揆であると書かれていた。島原の乱以降、新しく着任した代官(鈴木氏)が農民の苦情を幕府に訴えるため、自分を犠牲(切腹して)にして免税したとか。中には名代官がいたのである。横殴りの風と雨である。急いで下りる。
車に戻り、濡れた服をタオルで拭いていたら、パトカーが来た。おまわりさんがトイレに入った。出てきたら、私たちの所へ来て、免許証を取り上げ、免許証をチェックされた。余り気分の良いものではない。不審者扱いである。
長崎の市長暗殺事件との関わりでもあったのか。最後に明日は天気がよさそうですとは言ってくれた。
さあ、本日の宿を目指して戻ろう。
本渡(ほんど)市、今は天草市となっている。最近市町村の合併が流行っているので昔の地図帳を見ていると困惑する。山梨のアルプス市とか、ややおふざけな町もある。旧来の地名が廃れていくのが残念である。「新しい地図を買わなくてはいけないな!でもまだ地名が変っていくので落ち着いたら買おうかな!」。
民宿花月に着いた。仕事関係で長く住まい代わりにする人が利用している感じである。料金が安いので納得した。私みたいな登山者ならまだ良いが、観光目的で宿泊するには失礼だがお勧めできないかも!でも女将さん、従業員の方たちはとても親切である。
 
4月19日(木)
昨日、車中で登山を諦められず、妻に本日チャレンジすることを公表した。妻も納得してくれたようだ。0時に起きて、朝食代わりに弁当を用意してもらっていたので、ザックに詰めて、0時35分に出発。お昼に戻り、4時に熊本空港を発たなければいけない。すべて時間の制約の元で、動かなくては。国見岳登山口まで行けるのかも心配である。昨日の雨で土砂崩れでもあれば、これで退却である。でも行けるところまで進みたいと思う。
宇土半島の三角町から松橋インターを潜り、緑川ダムの渓谷沿いの細い道を進む。車一台すれ違えなさそうなところである。でもバス停があるので生活道路として活躍している感じである。闇の中を一人で運転しているのも気味が悪い。
所々で通行止めの看板があり、目的地の林道は大丈夫そうである。ナビを信じて、坂を下ったら、全面通行止めである。この先、車の折り返し無しのため、ここでUターンするよう掲示してある。橋脚工事らしい。ブルドーザーが一台ある。看板を横目に、突き進むとかなり急坂で軽の車で一台通れる道がある。一瞬フロントから道が見えなくなる坂道である。意を決して進むと右手の土手斜面に民家があり、左手は崖でガードレールもない恐ろしい所である。暗闇なので全体像が判らない。でも無事難所を通り過ぎた。
道も舗装道路に戻る。怪しい道の二俣に出る。ここでも全面通行止めである。よく見ると、マジックで国見岳登山口有りと手書きで書かれていた。これでホットする。砂利道になる。進むうちに親子の鹿が現れた。親は谷方向に身を隠したが、子鹿はヘッドライトの方向へと私の進路へ逃げていくのである。逃げては立ち止まり、其の繰り返しである。子鹿を驚かさないように、ゆっくり走る。数キロ進んでも状況が変らない。それでも辛抱強く進むと、左の膨らんだ道幅の広いところへ待機してくれて助かる。
途上に落石が点在している。通行に妨げる石はなくドンドン進む。しかしこの林道は相当長く感じた。今回は情報元が少なく、手元にはまともな地図がない。インターネットの山行記録が頼りである。最後の川を渡り、二俣の道を左に進むとやっと登山口の標識に出会った。(広河原)誰も居ない駐車場に止める。雪がまばらに積もっている。標高950メートル地点である。頂上は1700m。間違いなく相当な積雪量であることには違いない。時間は4時丁度。
暗闇である。しかし昨日の雨は無く、すこし安心である。おにぎり1個食べる。懐中電灯を出し、バンパーを上げ、バッテリーに新聞紙を被せる。下山したらバッテリーがあがっていたら最悪になる。念のため。
ロングスパッツを履く。たまたま持参して持ってきたから良いが、これがないと雪道は歩けない。
いよいよ出発。4時25分。急な登りをゆっくり登る。雪が増してくる。この雪で踏み跡は皆無。赤い布(テープ)が目印である。登りがなくなると山斜面を歩くようになる。インターネット情報では沢を3箇所横切るらしい。沢に下りると道が判りづらい。上を見上げて、目印を探す。斜面の歩きやすそうな所を探す。下手なところに行くと、登れず引き返す。また別なルートを探す。
やや明るくなる。5時52分。日の出である。東の山の峰から顔を出した。写真を撮るが斜面の登りでよいロケーションではない。ポケットから小さいマグロ肉のつまみを出して口に運ぶ。懐中電灯を仕舞う。
私の前に踏み跡がないといったが、実はあった。鹿の足跡である。但し信用すると獣道に入る恐れがあるので要注意である。
雪道も険しくなり、笹が倒れて潜ると手袋が濡れる。雪を払わないと手袋がびしょびしょになってきた。毛糸の手袋なので段々冷たくなる。かといって素手で居ると手が赤くなり、さらに冷たくなった。タオルを出して手に巻く。
どうやら沢から抜け出したようだ。尾根筋に出たらしい。倒木が多く、また目印が乏しく、足元の雪は4~50センチ位ある。歩きづらく、疲労が増してきた。何度も目印を探す羽目に会う。辛抱強く、目印を探すのだが、ほぼ道が判らなくなる。時計を見ると7時前である。後ろを振り返ると一際高い山がある。何という山なのか。道を間違えた節もないし、分岐らしいところもなかった。かといって前進しても頂上らしい山は見当たらない。でもこの先に尾根に隠れているのかもしれない。このまま前進しても相当時間を食いそうだ。7時きっかりになったら引き返すことにした。7時である。また大きな大木が倒れている。ここで中止だ。ここまでくれば充分である。また次回のチャンスにでも来よう!。何時の間にか手袋がひとつなくなっていた。
悔しいがしょうがない。運がわるかったのである。自分の踏み跡を辿り引き返す。と途中に小さい15センチ四方の看板に気がついた。先に進んでいた山が平家山、戻る方向の先ほどの高い山が国見岳である。頂上まで30分とある。今更頂上を目指しても雪がなければ30分で行けるが、何時間かかるかわからない。登山口から頂上まで2時間(通常)。2時間30分経っている。ましてや天草までお昼に待ち合わせしている時間に間に合わなくなる。潔く下ろう。
晴れ渡る雪山の国見岳からの展望はさぞかしすばらしいことだろう。後ろ髪を惹かれる思いである。
来た道を落胆して下る。落としてきた手袋を拾い上げ、雪を払ってまた穿く。
沢を4本位過ぎた。水気を吸った雪である。斜面が滑りやすくなっている。気を落ち着かせて通り過ぎる。
雪もまばらになり、今度は踏み跡がなくなり、2箇所道に迷う。一旦下った道を登り返し、本道に戻って、やっと駐車場に辿り着いた。8時42分。
スパッツを脱ぎ、サンダルに履き替える。
9時丁度に登山口を去る。内大臣川に沿って下る。瘤の或るところでは車の底をぶっつけないようにゆっくり走る。小さい発電所には人の気配がした。さらに下ると津浦方面へ下る三叉路に出た。そして高所にある内大臣橋を渡る。ここからダム湖沿いの渓谷沿いの細い道を走る。今朝のあの闇の通行止めの崖っぷちの道に出ないのである。どうしてか判らない。不思議だ。
途中、道の傍らに広場があり、小用を済ませ、弁当の残りを食べる。
3時間半かかって民宿に到着した。民宿に弁当箱を返して、お礼を云い、妻を乗せて熊本空港へ急いで帰る。
雲仙岳も白い冠をしていた。宇土マリーナでネーブル、デコマリーンという甘い柑橘類を買い込む。高速道路を使い、熊本空港ICで降り、ガソリンを満タンにする。ここで給油して正解である。この先にガソリンスタンドがなかったようだ。
3時すぎにレンタカー屋に戻る。きっちり予定通りである。耳の方も初日だけ調子悪かったが、治まったようだ。
16時5分の羽田行で帰る。火星駅(仮称)デパートのレストランに寄り夕食。生ビールが凄くクルミーで旨かった。

*所要時間
広河原登山口<2時間35分>平家山と国見岳間の尾根上<1時間42分>広河原登山口

概略図
国見岳(断念)概略図.JPG



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第290回 仙人ヶ岳・石尊山<足尾山地> [登山]

仙人ヶ岳2mg090.jpg
実施日:平成19年3月20日
目的地:仙人ヶ岳(標高:634メートル)・石尊山(標高:408メートル)<足尾山地>
メンバー:単独(56才)

今回の山行で足利駅のイメージを悪くした。東武線から両毛線に乗り換えるのに、渡良瀬川を渡り、急いで両毛線の足利駅へ向かった。8時12分の電車に乗ることが今日の山行の成否に掛かるのである。8時9分、駅に着き、切符を買う。所が改札口から高校生が怒涛のように出て来る。途切れるのを待つが電車に乗り遅れてしまう。逆流しながら改札口を横になり、切符に鋏を入れてもらう(判子を押す)。駅員さんも整理する様子もない。当然高校生も自分達が優先してよいと思っているのか道を譲ろうとは思っていないようだ。逆流して階段を登り、ホームの階段も逆流して下る。高崎行の運転席が見えるところまで下りてきた。すると電車のドアが閉まってしまった。一瞬、ドアが開いてくれることを期待したが、無情にも動き出した。目の前の電車を呆然と見送る。車掌はただひとりホームに突っ立って乗り遅れた乗客をどうみていたのか!

3月20日(火)
昨日まで丹沢縦走32Kmを行こうか、24Kmの仙人ヶ岳に行こうか迷った。寒気団が居直っているので、長距離の丹沢を敬遠した。
我が家を午前4時40分に家を出る。朝一番のバスでは間に合わない。遠回りしてでも、早く山の麓へ行き着くことである。新京成・滝不動駅から5時9分の電車に乗り、津田沼で乗り換える。快速より各駅停車の電車の方が先に錦糸町に着きそうだ。
錦糸町から半蔵門線に乗り換え、北千住まで行き、東武日光線の快速にまた乗り換える。ここから伊勢崎線の大田行に乗り換える。ガラガラの車内が通勤通学客で一杯になった。久喜から座れる。羽生付近から富士山が見える。私だけだろうか関心を持って外を見ているのは。
足利市駅に着いた。ローカル色を一蹴する立派な高架駅である。まずはコンビニでおにぎり2個を買い込む。急いで渡良瀬川の対岸にある両毛線の足利駅に向かう。
8時12発の高崎行に間に合いそうだ。8時9分に着いた。通学高校生が改札口から次から次へと出てくる。あせる気持ちと裏腹にホームに居る電車に近寄れない一人の人間の動きがここにある。
やっとホームに辿りつくなり、ドアは閉まり、電車は目の前を去っていった。..........悪夢。
寒風の中、ベンチに座り、次の電車の時間を見る。8時38分。1時間に2本しかない。悔しい気持ちでいっぱいである。「もう2度とこんな町に来るものか!」。JRの体質が悪いのかも知れない。まさか足利市の人まで憎むことはないのである。
気持ちを入れ替えなければいけない。今日のスケジュールに大幅な変更が必要である。ハードスケジュールにまた30分を短縮するのは並大抵の努力ではカバー出来ない。やるだけのことはやってみよう。
8時50分。無人駅の小俣で降りる。改札口はホームの階段で南側へ渡る。山は反対側なので駅の先にある細い踏み切りを渡る。車道を右折するとすぐに信号と道路標識があり、獅子トンネルの文字を発見。この道をひたすら真直ぐ行くしかない。
羽毛のジャンパーに運動靴姿。昔、東武鉄道でもらったザックを背負って、急ぎ足でダンプの往来の多いのを気にしながら進む。
ここから6Km先の登山口まで1時間半である。まずは1時間位で歩き通そう。町の気配から山里の雰囲気になる。道は小俣川に沿って、勾配が緩いのでほとんど平坦である。荒倉で地図上の登山口があるが、標識がない。地元の老人にも聞いたが、やはりそうだ。この登山路は荒廃しているらしい。この先に生不動と一緒に仙人ヶ岳登山口の看板があると教えてくれた。
9時59分。岩切という数軒ある集落に着いた。しっかりした道標がある。ここが仙人ヶ岳の登山口になる。
気持ちのよい沢を右へ左と渡る。風は大分弱まり、やや暑くなる。ジャンパーをザックに仕舞いこむ。片栗の群生地と小さい看板がある。云われてみると2,3箇所、紫色の花が咲いているのを見た。
生不動だと思われる建物がある。壁のない舞台が1軒ある。名前がどこかに書かれているのかと調べてみたが分からなかった。
沢も無くなると急に登り坂である。地元の小俣第二小学校児童会の看板が励ましてくれる。
10時50分、熊の分岐。この尾根伝いを左に登る。小さいピークを何個か越えると、仙人ヶ岳である。11時05分。
左奥に赤城山、右に峰々の間から庚申山付近があり、更に右に一際雪を被った独立峰が男体山かなと自分で解釈した。誰もいないので確認のしょうがない。
まずは写真を3枚撮り、急いでおにぎり2個を口に頬張る。11時23分に出発。
熊の分岐に戻り、獅子峠を目指す。地図では近いのだが、1時間半はかかるらしい。その原因が分かった。やせ尾根で岩がゴツゴツしているのである。松田川湖分岐に11時44分。この松田湖ダムをずっと見下ろす形で尾根道を進む。宗の岳という小さい板切れの看板があるところに11時52分。犬帰りというところで岩をまく形で一旦階段で下がり、また登る。獅子山に12時23分。更に緩やかな下りを降りると深高山分岐(獅子峠)に着く。午後1時19分。
またここから緩やかな登りの始まりである。深高山に1時19分。この山は仙人ヶ岳の山並みに並行している。南側は関東平野が広がる。筑波山がぽっかり浮かんでいる。目をよく凝らしてみると都内のビル群が霞みに揺れている。
石尊山に1時43分。妻から借りてきたポケットカメラの残り1枚を仙人ヶ岳方面をバックに看板を写す。どうやらこのまま行けば、スケジュール通りに帰れそうである。
児童会の看板に「べんとう広場」と記された見晴らしの好い広場に出る。北風が轟音を鳴らして、通り過ぎる。隣の山は半分削り取られている。採石場である。山の神が怒っているように私は感じた。山を削り取るってどういうことなのか!人間って恐ろしい生き者に思われた。山を個人で所有すること自体納得がいかない。自然の恩恵を頂いている動物達。とりわけ人間はおいしい水を山から頂いているのではないか。風を遮っていた山が無くなっていいの!麓の住民の人達は怒っていないのだろうか。どうも納得いかない。神々に逆らうのは悪魔の心をもった人間しかいない。切ない気持ちになる。
さらに下ったところに、立派な新しい石碑があるので覗いてみると、「是より女人禁制」とある。今どき、時代錯誤の石碑である。誰が立てたのか知らないが、甚だ腹立たしく思った。
石尊不動に2時15分。小俣発3時29分の電車に間に合いそうだ。足を攣ること3回。でも苦しい山登りとは思わなかった。精神、肉体ともに老化する一方であるが、少し蘇えった気持ちである。
小俣駅に2時46分に到着。2時58分の小山行があり、予定より1本早い電車に乗ることが出来た。
いやな思いをした足利駅をさっさと降り、広い渡良瀬川をゆっくり眺めながら歩いた。
東武鉄道で久喜行3時35分の電車で帰る。どうやって帰ろうかと悩んでいたが、今朝来た順路が料金的にも安上がりで早そうである。(実は春日部で乗り換えて野田線で船橋駅に帰るのが一番安い)
しかし随分田舎と思っていた久喜(東武線)から半蔵門線と東急に乗り入れされている。都心に直結されてとても便利である。
*記録*
小俣駅<1時間10分>仙人ヶ岳登山口<50分>熊の分岐<15分>仙人ヶ岳<20分休憩/1時間25分>獅子峠<30分>深高山<25分>石尊山<30分>石尊不動<30分>小俣駅
歩行時間(休憩含む)5時間55分
歩行距離 約24Km

*参考:交通費*
錦糸町=足利市(東武線等) 1100円
足利=小俣(両毛線)    190円
小俣=足利(両毛線)    190円
足利市=錦糸町(東武線等) 1090円

概略図
仙人ヶ岳付近概略図.JPG
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第289回 仏果山・高取山<丹沢> [登山]

仏果山070224F0006.JPG
実施日:平成19年2月24日
目的地:仏果山(標高:747メートル)<丹沢>
メンバー:単独(56才)

 不二家が賞味期限、消費期限切れの原材料を使用し、信用を無くした。工場は自立再開の目途が起たず。雪印(倒産)の前例が活かされていない。同族会社の傲慢が会社の存続を怪しくしている。「企業は人なり」企業トップの意識がそのまま企業活動に反映されてしまうものだ。NHKも同様である。従来の企業体質から脱皮できない会社はこれからの社会に生き残れないと思う。経営者が顧客に向かって真剣に取り組んでいない証拠である。
 企業だけではない。タミフルを服用して、自殺している少年が多い。厚生労働大臣が因果関係を認められないと言いつつ、何の手も打てない。女性を産む機械と本音とも伺える発言で問題になっている人である。倫理教育が必要だと思う。教育制度にもっとメスを入れるべきではないだろうか。

2月24日(土)
 昨日、会社の同僚とこの山に行く予定だったが、雨の為中止にした。今日は晴れ。小生、ちょうど年休を取っていたので、行動に移す。
朝一番のバスで出かける。(6時23分)船橋駅から総武線に乗り、新宿で乗り換える。小田急線は架線にサドルカバーが巻き付いて、取り除く作業で5分ほど遅れていた。でも予定より1本早い急行に乗れて不幸中の幸いである。
本厚木駅で下車。5番バス停前のコンビニでおにぎり、お茶、肉まんを買う。バス停には12名位の団体が不揃いに並んでいる。その後ろに並び、暖かい肉まんを齧りながら30分ほど待つ。
8時40分発のバスは定刻に出発。出勤者も居て、混雑している。街中を通り過ぎ、山間に入り、湖が見えてきた。仏果山登山口で下車。登山者10名が下りる。軽く体操して9時30分にスタート。
道路を横切り、標識のある階段から登りだす。ジグザクな登りを過ぎ、やや急な尾根道を登りきると、宮ヶ瀬越の峠に出る。景色が一変して麓の山里と関東平野が一望できる。と言っても都心のビルディングは黒くガスっている。そして風をまともに受ける。左が高取山、右が仏果山である。右の尾根伝いを歩くと先に鉄塔の展望台のある頂が見えてくる。一気に上ることにした。途中、お父さんと小さい男の子が休憩していた。昔の自分を思い出す。毛糸帽の男の子の頭を撫ぜ、「がんばってネ!」って挨拶代わりに言葉を交わす。お父さんはニコニコ笑っている。お父さんの嬉しそうな顔をみると、私も嬉しくなった。さあもう一息だ。
10時29分に頂上に着いた。ちょうど1時間だ。手帳に記録し、三脚を出し、写真を撮る。
来た道を引き返す。先ほどの親子が登ってきた。「僕、いくつ!」右手を広げて「五つ!」。お父さんが有難うございますと云いながらすれ違った。今は中年者の登山者ばかりである。若い人達にも、もっと山に興味を持ってもらいたいと思う。
宮ヶ瀬越を通り過ぎると冷たい風が強く吹く。耳が千切れそうだ。タオルを出し、耳充て代わりに鉢巻をする。 
11時頃に高取山の頂上に着いた。鉄塔の展望台があり、一段と見晴らしがよい。雪を被った蛭ヶ岳、丹沢の山並みと眼下に宮ヶ瀬湖の緑がマッチしている。反対側は都会のスモッグでビル群が怪しくくすんでいた。
到着時間を記録しようと思ったら、手帳の鉛筆を仏果山で落としてきたらしい。頭に記録するしかない。ザックにも予備の筆記用具が必要だ。
ベンチでおにぎりとバナナを出して食べる。やや寒くなってきたので、下山することにした。11時30分。
宮ヶ瀬ダム方面に向かう。残念ながら標識にはこの地名は出てこない。ふれあいの村とか宮沢大橋という地名が出てくる。出来る限りダムに近い道を選びたいと思って歩く。今回のコースはアブノーマルコースらしい。車道のトンネルが見えてきたが、山道はトンネルを越えてこの先に降りていくようだ。ふれあいの村に到着。12時30分。広々としたこの運動施設を半周したが、ダムとは大分遠ざかったようである。地元のおじさんに宮ヶ瀬へ抜ける道を教えてもらう。ふれあいの村を今度は反対方向に半周すると、車道に出て、トンネルを七つ潜れば出るそうだ。
車道に出た。車止めがしてある。右にトンネル、左に橋が掛けられている。この下を潜っても高取山へ行ける。この道に下りてきていれば、遠回りしないで済んだのである。まあ疲れてもいないのでドンマイドンマイ!
数本のトンネルを出たところから宮ヶ瀬ダムがよく見えた。さすがにこの道を地元の人は歩いていない。一人だけハイカーとすれ違う。あとは車とバイクがぶっ飛ばしていた。特にバイクの爆音はトンネル内で響くのでうるさかった。
ダムを横目に見て、湖沿いにひたすら歩く。宮ヶ瀬トンネルを抜けるとやっと目的地である。信号を右折して橋を渡ると宮が瀬小中学校のバス停である。13時30分。4時間の行程であった。計画書どおりである。
この先に町が形成されている。ひとつ先のバス停まで歩く。途中駐車場の公衆トイレに入るが、水洗の水を流すとあふれそうになった。諦めて我慢する。
午後1時52分のバスに乗る。(1時間に1本)乗客は私一人である。でも途中から朝の団体も乗り込んできて、いつの間にか満員になっていた。
本厚木駅の階段を登っている間にちょうど急行が出てしまった。次の急行まで10分ある。余った非常食の海苔煎餅を食べて待つ。3時3分の新宿行に乗って帰る。我が家に5時30頃到着した。その前にマルエツの写真屋へ寄り、現像依頼してきた。冬季の山登りではデジカメだけでは不安である。案の定、高取山の冷たい風でシャッターが下りなくなった。予備の普通のカメラがそのとき役に立つのである。
 
記録
仏果山登山口<50分>宮が瀬越<10分>仏果山頂上<10分休憩/10分>宮ヶ瀬越<10分>高取山<30分昼食/1時間>ふれあいの村<1時間>宮ヶ瀬小中学校バス停
歩行時間(休憩含む)4時間
歩行距離 約12Km

*交通費:
東京=新宿      190円
新宿=本厚木     480円
本厚木~仏果山登山口 580円
宮の平~本厚木    630円
本厚木=東京     670円

概略図
仏果山・高取山概略図.JPG
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第288回 天城山 <伊豆半島> [登山]

天城山070202F0026.JPG
(天城高原ゴルフ場入口駐車場前で)
実施日:平成19年2月2日
目的地:万次郎岳(標高:1300メートル)・万三郎岳(標高:1406メートル)<伊豆半島・天城山>
メンバー:単独(56才)

圭もやっと2月から某バス会社に入社。2ヶ月間の教育期間を経て、独り立ちである。まずは落ち着いて一安心である。  
岐阜県、福島県、和歌山県、宮崎県と県知事の不祥事が相次いでいる。東京都の石原知事も知事としては破格な外遊出費で槍玉に挙げられている。その中で宮崎県知事の再選に政治家でない、タレントのそのまんま東氏(東国原氏)が当選した。保守王国であるこの県民もよほど県知事の汚職にあきれかえったのでしょう。県民の選択は正しいと思う。今は全国から注目の的となっている。県民のために大いに尽くし、そして地方の長として良きお手本となって頂きたい。

2月2日(金)
今年は早くも2回目の山登りになった。月一のペースで頑張ろうと思う。
昨日はシフト変更で今日一日、空きが出たので急遽山登りにすることにした。
朝3時に起床。30分後に家を出る。今回はカメラを2台用意。寒さに弱いデジカメでは信用出来ない。前回同様、海老名に寄り、トン汁(150円)を食べ、車中でおにぎりを食べた。
満月を背に受けて、やや心配な厚木小田原有料道路を制限速度内で走行する。途中パーキングエリアに寄り、小休止。慣れない道なので、道順を確認。
西湘バイパスの石橋ICで降りる。またこの先の有料道路に入り、やたらと料金所が多いので閉口する。
なるべく高速代を減らしたいので、一般道に出る。熱海を過ぎた頃、海からのほのぼのとした朝焼けに出会い、カメラに収めた。
朝一番の路線バスに出会い、これから通勤帯になるのだと時間の観念が戻り、遊びに行く私の心にちょっぴり余裕ができ、へんな優越感で喜んだ。
伊東を過ぎて、ナビに従って進むと、別荘地帯に入り込む。が国道出口で遮断機が下ろされていて、通行禁止になっている。おかげで相当遠回りして、先ほどの遮断機の前を通過し、大室山から天城高原方面へ進む。
高原道路を登るにつれ、道端に残雪があり、やや心配する。天城高原ゴルフ場の看板入口で躊躇する。登山入口は何処なのだろうと、脇の小さな看板に「この先にハイカー駐車場有」とあり、安心。ゴルフ場の建物前に立派な駐車場があり、100台ぐらいは駐車できそうでである。誰も止まっていない駐車場の真ん中に車を止めたのが、午前7時51分。
トイレは冬期使用禁止になっている。デジカメで風景を1枚撮ったら、もうシャッターが下りず、ホカロンとデジカメを抱き合わせて、ウエストポーチにしまいこんだが、どうなることやら。8時5分、駐車場の向かい側にある登山口からスタート。
一旦沢に下り、四辻まで10分。石を山に上げてくださいとお願いの札がある。協力しないのも悪いと思い、手のひらサイズの石を片手に持って歩くことにした。アイスバーン状の山道である。軽アイゼンを持参してきたが、使うまでもない。
暫らく進むと人の気配がした。青年が岩の上にデジカメを置いて、わが身を記念撮影している所だった。装備もしっかりしていて、スパッツにアイゼンを装着していた。ちょっとアイゼンはオーバーかなと思う。
展望の利かない万次郎岳に9時7分に到着。ここから万三郎岳は簡単に登れると高をくくっていたが、結構時間を要した。馬の背を通る。馬酔木(あせび/4、5メートルの低木で葉に毒性がある。馬がこの葉を食べて、酔う症状を起こすのでこの名前がついたと看板に説明書きがある)のトンネルを潜る。最後の急登に関西からきた夫婦が道の真ん中で休憩していた。昨日は百名山のひとつ筑波山を登ってきたとのこと。タクシーで登山口まで来たらしい。天城山を縦走すると頑張っていた。
10時15分に頂上に到着。デジカメは諦めて、今朝買ったフィルムを装着したカメラで霞んだ富士山を写す。晴れているのだが残念。
真後ろの木陰から三浦半島が見えた。(家で地図を見たら、大島だった)先ほどの関西夫婦も登ってきた。天城峠に抜けるので休憩もそこそこにして、先を急いで行った。私は簡単に昼食にする。
10時35分に出発。涸沢分岐方面の道標を右折する。山の北側なので雪が多い。急斜面を下りる。涸沢分岐からはアイスバーンの道である。谷間を縫ってすべり墜ちないように、氷を避けて歩く。小鳥のさえずりを聞きながら、静寂な山歩きを楽しむ。
平坦地に出て、少し緩やかな登りを上がると四辻に着く。12時5分。登山口に12時21分に到着した。駐車場には1台車が増えていた。広い駐車場なのに私の車の近くに留めてある。不思議な心理状態だと思う。何か安心感でもあるのかな!
Tシャツを着替え、運動靴に履き替える。万次郎岳と長い尾根とひょっこり頭を出した万三郎岳は晴れ間の雲の下でさびしく精彩に掛けて暗くなっていた。最後の雄姿を写真に収めたかったのだが。
12時50分に山を離れる。伊東の町に出て、来た道を帰る。東名の海老名で小休止して、我が家に午後5時半頃に着いた。
費用は12、000円也。やはり単独のドライブ登山は費用が嵩む様である。次回はやや自粛しよう。

(参考)歩行時間:約3時間
登山口<10分>四辻<50分>万次郎岳<1時間10分>万三郎岳(休憩20分)<30分>涸沢経由/四辻<15分>登山口

概略図
万次郎岳・万三郎岳概略図.JPG
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第287回 越前岳<富士山周辺> [登山]

越前岳070109F0010.JPG
実施日:平成19年1月9日
目的地:越前岳(標高:1504メートル)<富士山周辺>
メンバー:単独

今日から防衛庁が防衛省に昇格した。そのせいなのか、富士山の麓では景気よく、大砲の音が鳴り響いていた。それともただの普段と変らない訓練なのかもしれない。
わが国は非核三原則を訴える平和国家なのであるが、隣国の北朝鮮が核実験を試みればおとなしくしてはいられない。暴走している国家に対抗できるものは何か。対等に核を持つしかないのであろうか。どうしても破滅の方向にむかっているような気がする。目には目を歯には歯を!これでは永遠に戦争を続けねばならない。どちらかが破滅しない限り。今後、自衛隊も強力な国防策として高度なハイテク戦闘機、ミサイルを配備するだろう。国防予算も高く見積もられることであろう。困ったご時勢になってしまったものだ。核を持つ限り、地球は時限爆弾のタイマーを止められない。神様は人間という愚かな生き物を作ってしまったばかりに!と登山中にふっと思った。

1月9日(火)
今朝、寝坊してしまった。3時30分にタイマーをセットしていた筈なのである。よく考えてみたら、時間だけセットし、タイマーのスイッチをONにしていなかった。ドジな私である。気になる時計を見たら、4時40分。すぐに飛び起きて、1分1秒を無駄にしたくない。録画の早送りではないが、急いで着替えをし、ザックを担いで車に乗り込む。4時50分に出発。
今日の山は11月に計画したものである。いつ実現できるか分らなかったが、2日前に思い立ち、すぐ実行に移す。いつも山梨県側から富士山を眺めていたので、本日の山行は富士山の麓でもある静岡県から拝められる。天気もよさそうなので期待も大きい。
東名高速から富士山の朝焼けが綺麗にフロントガラスの向こうに浮かぶ。山北付近だと思う。運転していなければ写真に収められたのだが。
裾野インターで降り、ナビでもう一度、目的地を入力する。(自宅で入力したらこの先の富士インターで下車するルートになっていた)最初の信号を右折し、ナビに従って進む。道沿いに広い駐車場付の工場が多い。通勤車が目立ち始める。工場地帯を過ぎると、道も閑散となってきた。
7時30分に駐車場に到着。登山用にしては立派な駐車場(トイレもある)である。富士山が間じかにあり、裾野の広がりがよく分かる。中年男性が三脚のカメラを覗いている。私もいよいよ期待を膨らませて登山靴に履き替える。越前岳から両手にストックを握り締めた中年夫婦が下りて来た。空気が冷たい。この人達はよっぽど早くから登ったのだろう。暗闇と凍てつくような寒さと戦ってきたのだなと思われる。防寒装備のしっかりした服装であった。きれいな富士山を堪能されたことだろう。
7時41分に東側コース(西側コースは木道の直登)の登り口からスタートする。鉄塔付近にある霜柱を踏みしめた。序々に高度を上げると残雪がアイスバーンになってきた。裾野市内から見えた越前岳はまっ白ではないが、雪化粧している様子が窺がえた。ひょっとして雪が深いと困ると思っていたが、さほどでもなかった。雑木林の中、背中にある富士山は見えないが、頂上につけば白きたおやかなる峰が望めると期待して、いっきに登りつめる。9時27分。
振り返ると残念、山頂付近は雲に覆われていた。この先に富士見台というすばらしい見晴台がある。そこに行く頃には富士山もご機嫌を直して顔を出してくれるかもしれないと休まず、尾根伝いを歩く。下から声がする。女性らしい。OL風の二人の女性が登ってきた。(彼女たちは私と反対方向から来て、頂上を折り返してもどっていった。川崎から来たとのことだ。)挨拶を交わしてすれ違う。
富士見台に9時45分着。かえって雲が多くなったように感じる。裾野の向こうに三ッ峠が見えると看板に記されている。山梨県側から見ると電波塔があるのですぐ分かるが、二つの峰のどちらかだか判断つかず。
頂上に戻る。10時7分。少しでも晴れないかと思い、休憩する。おにぎり1個とパンを食べるジャンパーを着たが、体温が下がってくる。デジカメまでシャッターが下りなくなる。本当に寒さに弱いのである。懐に仕舞う。晴れそうもない。白い峰々の南アルプスと眼下に駿河湾と富士の町を見下ろして、後ろ髪を惹かれる思いで下りることにした。
滑りやすい足元に注意しながら、元気よく下りる。勢いが止まらないと木の幹や枝をつかみながら、バランスを整える。下手をすると尻餅しそうだ。
途中、懐からデジカメを出すが、シャッターがおりない。やれやれ。
11時40分。駐車場で着替えて、のんびり帰る。サービスエリアでもらった地図に誤りがある。千葉県の愛宕山の標高が283メートルとなっている。408mが正しいのである。いくら道路マップとはいえ千葉県人としてクレームを云いたい。

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第286回 開聞岳<九州> [登山]

開聞岳061215F0059.JPG
実施日:平成18年12月14日~15日
目的地:開聞岳(標高:922メートル)<九州・鹿児島県>
メンバー:単独

圭(息子)の就職試験は失敗に終わる。風邪で体調が悪かったのだ。運がなかったのだろう。今年も残すところわずかである。来年に向けて気持ちを切り替えればいいさ!
プロ野球界では西武の松坂がメジャー行きで、大賑わいである。その後、阪神の井川も松井がいるヤンキースへ決まる。我々サラリーマンから見ればうらやましい程の契約金である。今年の世界一になった王ジャパンの成果がアメリカメジャーリーグに評価されたのだろう。おかげで日本を背負って立つ選手が抜かれていく。さびしいことである。しかし、メジャーに立ち向かう若者たちが多いことは心強い。愛国心が沸々と高まる。アメリカの属国意識をなくし、対等で政治交渉も出来る時代が来ることを望みたい。

12月14日(木)
今年最後の山登りである。一週間前の予報では曇り時々雨。雨だったら中止にしよう。しかし13日の夜勤で家を出る前に天気を確認したら、鹿児島は15日、時々晴れとなった。14日は雨だが、15日は期待が持てそうだ。
今朝、仕事の引き継ぎに時間を要し、焦る。また来週から研修に入るので、作業着を研修先に送る仕度をする。妻との待ち合わせ時間は9時から9時半までである。タイムカードを押し、新整備場駅までザックを担いで走る。
JAL出発カウンター前に辛うじて、9時30分に着いた。妻も私を確認して手を振ってくれた。予約なしなので、やや手続きで手間取る。(券売機が受け付けない!)鹿児島行きの3便と4便は満席である。この2便に乗れないとスケジュールが台無しだ。直接カウンターで手続きをした。
2番スポットで朝食を立ち食い蕎麦で満たす。前回の航空中耳炎で悩まされたので、事前に薬を飲む。11時05分発の飛行機はほぼ満席状態である。
雨の鹿児島に到着。どうやら中耳炎は大丈夫そうだ。前回同様(秋田)、トヨタレンタカーでトヨタベルタを借りて出発。
高速道路を使い、鹿児島北インターで降り、市内に入る。無料駐車場を探したが、思うように見つからない。雨でもあり、このまま指宿へ行くことにした。
鹿児島市内を抜けると、雨が一段と強くなる。本当に明日晴れるのかと心配する。周りの風景どころではない。ワイパーの先をしっかり見つめて走るのみ。
休憩を兼ね、2箇所道の駅に寄る。最初の道の駅は温泉がメインである。次の道の駅は女性好みの市場風なので買い物にはうってつけである。帰りにもここへ寄ろう。
日が短いので、暗くなってきた。指宿シーサイドホテルに午後4時30分に到着。5階の部屋に通される。テラスのカーテンを開くと、真下の暗い海には明かりを付けた小さい漁船が一隻、また一隻と帰ってくる。ここは太平洋と東シナ海に挟まれ、鹿児島湾の入口なのである。やっと遠くへ来たなと実感する。
6時から食事である。大分年季の入ったエレベーターはギシギシ軋む。シンドラー製でなかった。(最近、事故多発し社会問題になっている)
1階の食堂入口でウロウロしていたら、若い女性従業員が急いで開けてくれた。我々が一番乗りである。後から団体客が入ってきた。
明日の山登りがあるので、ビール大瓶を2本開けて、部屋に戻る。1階の風呂場は誰もいない。独占である。宴会場はカラオケで盛り上がっていた。
明朝3時にここを出たいので、山の身支度をして、私だけ先に9時に寝る。

12月15日(金)
ベッドにスモールランプがなく、時計もない。やや使い勝手の悪いルームである。妻の腕時計(照明付き)を借りて、ベッド横に置き、1時間おきに時計を覗く。
午前2時30分に起き上がり、妻にドアを閉めてもらう。雨は上がっているようだ。少し風が気になる。懐中電灯を取り出し、ホテル前の駐車場へ。
ザックを助手席に置き、昨日道の駅で買ったアンパンを1個取り出し、口に銜えて、3時丁度に出発する。ナビゲーターに開聞岳入口を入力する。指宿の繁華街は明るいが静まり返っている。道は段々、暗闇の世界へ吸い込まれていく。山の中腹を走っていると、茶色い小動物が横切っていった。狸だろうか!
町中を左折し、単線を横切って坂道を上がる。登山口手前の坂道途中の駐車場があるので勝手に入り留める。
3時47分に懐中電灯を頼りにスタート。登山口は車道をまっすぐ行ったところにある。鳥居を潜っていざ出発。茂みの中を歩くのだが、やや不気味である。ひょっこりお化けでも出やしないかと!すると上でガサガサとなにか動く気配がした。鳥だろうか!
3合目あたりで暑くなる。ジャンパーを脱ぎ、片手で抱えて歩く。6合目あたりから岩が目立つ。山の上部でゴーと木々の間を通り抜ける風の音がする。上に上がれば上がるほど風の音が強まってくる。登山道は風を遮るかのような防風林の中を歩いているような形なので、直接と風にあたらない。しかしこの林も無くなれば、まともに風に当たる。とてもこの風に耐えるのは難しい。行けるところまで行って引き返そうと決める。
7合目を過ぎて、バタバタと音がする。不自然である。岩場の登山道を進み、上を見上げると、白い旗が千切れんばかりにたなびいている。救助第3ポイントと記した看板があった。この風のある場所を通り過ぎると、また風を遮る茂みと岩場の中である。まだ前進できそうだ。8合目、9合目を過ぎる。白旗のある第1ポイントも風が強い。まだ時間も早いので、風が弱まるのを待つことにした。岩場の陰で休憩する。
眼下に海岸線に沿って人家の明かりがボヤット見える。どうも風はやまないようだ。無駄に時間を過ごすのも勿体無い。頂上は近いはずである。
岩場の隙間を縫って上がると、どうやら、この上には上る岩場がない。岩場の反対側を懐中電灯で照らすと、開聞岳の看板が見えた。ホッとした。
6時12分着。身を屈めている限り、強い風に当たらない。ザックから三脚を取り出し、懐中電灯をザックの上に置いて、記念撮影の準備に取り掛かる。フラッシュを焚いて、デジカメでわが身を写す。何時の間にか、懐中電灯の明かりが消えていた。寒さで消えたのである。手袋にはめた手で懐中電灯を握り締めて、暫らくしたらまた灯が燈った。やれヤレ!
下界の明かりが見える。暗いから怖くないが、明るかったら、足元が竦むかもしれない。断崖絶壁にいる錯覚に陥る。.....早く日の出にならないかと期待して待つ。上空で飛行機が通過する音が聞こえる。....ホテルに8時30分に帰らないと朝食が終わってしまう。時計の針は6時30分を過ぎている。懐中電灯を頼りに下り始める。
下りは岩場を飛び移りながら、軽快にテンポよく進む。山頂に登れたという満足感で一人有頂天である。
7時43分に登山口に戻る。もう明るい。誰もいない久しぶりの夜行登山だった。
車に戻り、坂道を下る。中学生が坂道を登校していく。そんなのんびりした風景を見ながら、気持ちは早くホテルへ戻ろうとやや焦るのである。
山から大分離れ、先ほど登った山が目に入った。山の写真がないのも記念にならないと、畑の脇道に入り、車から出て、格好良い薩摩富士をカメラに収める。
これでよし!と思ってまた急いで走る。田舎の臭いがする。これも思い出だと気にしないで走る。大分畑から離れ、嫌に田舎の香水が消えないのである。待てよ!ひょっとして糞を踏んでしまったかな!的中である。信号で止まっている間にドアから足を出し、両足の裏をたたくと、パタパタと踏みつけた糞が落ちた。足の裏が痛いほど叩いた。
信号も変り、また走るのだが、車内はまだ臭いが残っているようだ。早くホテルに帰ろう!
8時15分にホテル到着。このままではホテルに入れないので、玄関先の水道で靴底を水洗いする。
部屋に戻り、妻はもう食事を済ませていた。1階の食堂に戻り、残り少ないバイキングを掻き集めて、食事をした。いや忙しいやら、臭いやら、参りました。何か「運」がついたかな!
今日は晴れである。鹿児島市へ戻り、市内見物。
桜島を船で往復し、路面電車に乗り、維新館を見て、空港へ帰る。帰りは予定より一便早い飛行機に乗れる。羽田空港で夕食を済ませ、午後10時30分頃に我が家へ着いた。

参考/歩行時間:3時間40分
登山口(駐車場)<2時間25分>頂上(20分休憩)<1時間15分>登山口(駐車場)

概略図
開門岳概略図.JPG
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第285回 浅間嶺<奥多摩> [登山]

 
目的地:浅間嶺(標高:903メートル)<奥多摩>
実施日:平成18年11月25日
メンバー:単独(56才)

都バスの運転手70名募集の所、1650人が応募。我が息子もだめもとで一次試験に受験した。試験問題が難しく、本人は諦めていたが、合格した。よく狭き門を突破したものと親ながら驚きである。就職難のこの子達の実情を物語る一例である。正社員雇用が少なく、契約社員、派遣社員、アルバイト、職に就かないニートがあふれる時代である。正社員雇用の募集が極めて少ない。これから団塊の世代が定年を迎える。急に企業側が人材不足になる。これから新卒者も段々、門戸が広がりそうである。社会のひずみが色々な世代で影響する。恵まれる世代と恵まれない世代。若者たちの雇用を充分確保出来ぬまま、年金加入に必死な国に今まで無策できた国会議員先生のいい加減さの政治にあきれるばかりである。未だに年金問題を棚上げにしたままである。最重要課題を放り投げ、似たような政党間の勢力争いで時は過ぎる。これからの若い人達に夢のあるビジョンを展開する政策で進める集団なり個人が出て来てもよさそうだ。とまた独り言を云う私である。
11月25日(土)
紅葉も見所である。妻を誘ったが、ノーサンキュウと断られた。朝一番の(団地始発)バスで出かけた。駅前のコンビニでパン、おにぎりを調達。お茶の水、武蔵小金井、立川と乗換え、やっと武蔵五日市に8時22分に着いた。9時発の数馬行きは2台の臨時バスが出る。助かる。バスで長時間立たされるのは閉口する。
これから晴れてくるのだが、谷間に注ぐ太陽の日差しが弱いので紅葉の色彩が鈍いようだ。
9時48分に浅間尾根登山口に到着。登山口が分らず、50メートル程坂道を上がったがなさそうなので引き返す。バス停を30メートル下がると橋があった。浅間坂、浅間湯の看板がある。二組の中年夫婦の後をゆっくり進む。谷間なので結構寒い。途中の民家で素手で大根の泥を落とす老人に挨拶をする。「寒いね!」人のよさそうな老人が交わしてくれた。手が冷たそうである。でも元気なお年寄りだ。
急坂な舗装道路で少しずつ高度を上げる。浅間湯という温泉宿がある。10時12分。ここら辺から山道になる。一旦、舗装道路を横切る。数馬からくる分岐に10時43分。登りはここでほぼお仕舞い。後は平らな道を歩く。昔の(裏)桧原街道なのだろうか、三頭山を越えて青梅街道に抜けられそうだ。非常に平坦なので登山道ではなく、散歩道である。左手に大きな御前山と斜め前に大岳山がずうっとくっ付いてくる。谷間に人家が見え隠れしている。残念なことに富士山が見えない。暫らく、ひとり歩きしているとにわかに後ろから人声がしてきた。私の歩調に勝る人がいるとは思えない。後を振り向くとマウテンバイクの4人組だった。たしかにバイクで走れる格好な場所である。この先の崖に丸太の補強の足場があるので自転車を抱えて歩かないと危険である。
見晴らしの良い、浅間嶺手前の展望台がある。御前山方面の眺めが良い。5、6人の人が休憩していた。ハイライトはここではない。この急坂の上に浅間嶺の頂上がある。やっと息を切って登り切るとベンチがあるが右の茂みを過ぎると、白く輝く富士山が拝める。11時35分。つまらない尾根道だとやや嫌気を差していたところでもある。でもこの風景を見て、気が変わった。「来て良かった。」
それでは写真と思ったが、シャッターが下りない。「このデジカメは本当に寒さに弱い。困ったものだ!」とデジカメをなじる。シャツの腹のボタンを外し、お腹にデジカメを抱える。暖まるまで、飯にしようとおにぎりをひとつ食べる。このひとつしかない。御茶ノ水の駅でおにぎり1個と五日市のバス停でパンを食べてしまった。さえないお昼になってしまった。
暖まったデジカメで周りの風景を充分撮る。午後0時10分に下る。
今までとちょっと違って坂道が多くなってきた。逆方向から登る人達はちょっときつそうである。私は下りの勢いで快調にペースを上げた。
民家があるのかなと思ったら、蕎麦処である。この先に茶店があり、舗装道路が続く。二俣道(左は時坂峠)を右へ進む。
すっかり登山者がいなくなってしまった。ひとり寂しく歩いていると、左崖上で小石がシャラシャラ落ちる音がした。その方向を見るとリスなのかイタチなのか毛深い小動物がヒョコヒョコ、岩から岩へ登っていった。今回も動物にめぐり合った。なにかホッとした。今度は大分民家に近づいたときにキーッ。目の前にサルがいて、藪の中に消えていった。こんなに人里に近いところにいるからには人家に多少なり被害が出ていそうである。動物たちに言わせれば、被害者は俺たちと云う事だろう。
公衆トイレから段々畑の近道がある。通路の日当たりがよい場所の物干竿に女性下着が干してある。人家と随分はなれた場所である。おおらかな環境である。今の都会とではおおらかさのギャップがあり過ぎる様だ。
払沢の滝に1時20分着。ここも寒い。谷間なので日当たりがない。デジカメのシャターは震えていた。ここの紅葉が今日の一番の見所でした。
人で賑わっているこの滝を出ると、バス通りである。1時58分のバスで帰る。計画書より4時間も早く我が家に着いてしまった。午後5時20分着。

参考:歩行時間/2時間50分
浅間尾根登山口<20分>浅間湯<30分>分岐<1時間>浅間嶺(35分/休憩)<1時間10分>払沢の滝(本宿バス停)


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第284回 千頭星山<南アルプス> [登山]

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実施日:平成18年11月5日
目的地:千頭星山(標高:2138メート)<南アルプス>
メンバー:妻と私(56才)

山から帰ってきて、夜、圭(息子)から電話があった。今入った会社を辞めると言ってきた。無理もない、出張20日間行って帰ってきても、休暇がない。せっかく喜んで入った会社なのに劣悪な労働環境の職場らしい。毎日セスナ機に乗れて、航空撮影士という特殊な技能を身に付けられると張り切っていたのだが。親としては子の夢が絶たれたという無念が伝わってくる。切ない気持ちになる。でも現実に戻り、もう一度足元を見て、今後の身の振り方を考えるしかないと思う。そろそろ30才を越えて、自分の現実路線を歩んで行けば良いのではないかと思う。これも決して、無駄ではなく、どこかに生かされてくるだろう。
今、小中学生の自殺が毎日のように報道され、教育現場と文科省が混乱している。昔と違って、社会の仕組みが変り、子供が親、兄弟、先生、友達のコミュニケーションの取り方が少なくなり、自分で困難な道を乗り越える術を教えてもらえる環境が亡くなってしまった事だと思う。小さいときに喧嘩したり、ふざけたりしても自然とルールを覚えてきたものである。苛める側も苛められる側も自分を守る保身の術を身につけてきたはずである。躾と教育がどこかに置きざりにされてきたような気がする。もっと「命」を大事にして欲しい。真に幸福とは何か。人間の原点に立ち返ることの真剣な取り組みが必要なのかもしれない。正に今後の国家の取り組みに掛かっている。科学の進歩と人間の精神の不安が益々反比例しないように。また我々も普段の生活に「本当の幸福」とは何かと問いかけて、毎日を考えて生きたいものです。......
11月5日(日)
午前3時30分に起床し、4時丁度に家を出る。談合坂に5時20分着。朝食にトン汁と思っていたが、まだ早いせいか、メニューから外されていた。うどんを食べ、減量して5時55分に また出発。
韮崎インターを降りて、甲州街道を甲府寄りに戻り、釜無川を右折して渡る。直進し突き当たりを左折し、右折するとあとは1本道である。ぐんぐんいろは坂並みの道を上がる。
大分高度を上げたところで、広い駐車場のある広河原に7時16分に到着。(60台位の駐車スペースがある。すでに10台駐車していた)澄み切った空に秩父山系がよく見える。身支度をして、7時35分にスタート。
カメラを持った夫婦が満足そうに降りてきた。日の出の富士山を捉えたのだろう。今は太陽も大分上がり、逆光である。まぶしい。
草原地帯の甘利山頂上に着いた。7時5分。こんもりしたこれから登る千頭星山と頂上標識を二人で囲んだ写真を撮る。ここまでは山登りの嫌いな人でも楽に登れる。
緩やかな草原を下り、ここからが本当の山登りが始まる。笹と紅葉した唐松の中を黙々と登る。登りきると、クリスマスツリー用に持ってこいの大きなもみの木があった。太陽の反射でやや白く見え、ふんわりした緑の葉から却ってそう見えたのかも知れない。    
笹の草原を過ぎて、地蔵岳か、観音岳(鳳凰三山)か不明であるが、岩山と鋭利な山頂が右後方に見える。高校時代(夏山合宿)に大きなキスリングに6人用のテントを担いで、炎天下の中を喘いで登った想いが甦った。
9時35分に森林の中にある、頂上に着いた。下から来るときに上の方でラジオの音声が景気よく聞こえた。私たちの存在にびっくりしたのか、休憩していた夫婦がボリュームを下げる。我々も写真を撮り、休憩する。我々は重大なミスに気がついた。談合坂で買った昼食用のおにぎりを車に置き忘れてきたのである。これも年のせいかと諦める。非常食用のお菓子とみかんを出して、われわれの不外なさを笑いながら食べる
10時に下山する。妻はお土産にと落ちている枯れ枝を拾う。トイレにドライフラワーとして飾るのである。
甘利山に戻ると大きなアンテナを立て、3人のアマチュア無線家が交信していた。無風状態である。景色も良いので遙か彼方に甘利山の空気(雰囲気)を乗せて電波が飛んで行く。
11時28分に駐車場に着いた。車の前にあるベンチに腰をかけ、車内に置き忘れたおにぎりを出して、口に運ぶ。時より唐松の針のような葉が膝元にさわやかな風に乗り舞い込んでくる。
12時に駐車場を後にして下る。中腹で土手の上に大きな猿が身動きせず、座っていた。妻に写真!と言ったが、猿も土手沿いに歩き始めた。(後で画像を確認したが無し)妻はシャッターを押したと言うが、残念!何処を押したのか!停車させた車をまた走らすと数メートル先、集団で道を横切っていた。また大分麓へ降りてきた時も猿軍団が道路を横切っていた。まあお猿さんの多いこと。
村里について、目的の韮崎旭温泉が見つからず、そのまま豊富の道の駅へ向かった。たくさん野菜を買い込んだ、妻の頭痛も治ったらしい。(登山中、頭が痛いと言っていた)
午後1時50分に出発。甲府南インター手前でガソリンを15リットル入れる。田舎のガソリンスタンドはほとんどお休みである。
船橋市内のラーメン屋に5時到着。食事をして帰る。
ちなみに我が家から広河原までちょうど200Kmである。



参考:「千頭星山」:せんとうぼしやま
(標高:2139メートル)
千頭とは猿や猪、鹿などの動物がたくさんという意味。そしてそこは絶好の狩猟地であったらしい。星は村などの境界を示す榜示(ぼうじ)から変化したらしい。または遠くから見ると法師さまの形をしているとか。とにかく変った名前ですね。


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第283回 桧山<阿武隈高地> [登山]


実施日:平成18年10月21日
目的地:桧山(ひやま/標高:509メートル)<阿武隈高地/福島県矢祭町>
メンバー:妻と私(56才)

明日がちょうど結婚33年目となる。これといって大袈裟なことは出来ないが、軽いハイキングを兼ねてドライブすることにした。
10月21日(土)
午前4時に起床。4時30分発の予定が遅れてしまった。45分に出発。夏場と違って真っ暗である。
柏インターから常磐道に入り、友部サービスエリアで休憩をする。妻はトン汁定食、私はトン汁を食べる。だが気になることがあった。と云うのも具が少ないのである。たしか昔、谷川サービスエリアに寄ったときは具たくさんであった。サービスエリア間でもこんなに違うのかとやや気分を害す。
サービスエリアの駐車場は早朝なのに、結構車両が多い。特に目立ったのがキャンピングカーである。20台位ある。マニアの集まりがあるのだろうか。私もいつかオーストラリア大陸を車で横断したいという夢がある。叶えられるか夢で終わるのか、微妙である。我が人生にくるいが生じたのである。長年勤めた会社が閉鎖してしまった。あてにしていた軍資金が足りなすぎるのであります。兎に角、今は辛抱のときと夢を大事に取っておきましょう。
8時10分に茨城県境を過ぎ、福島県に入ると矢祭山駅に着く。山に挟まれた水郡線の小さな駅である。駅の向かい側の数軒の店先では鮎の塩焼きの準備で忙しそうである。駅前の駐車場に車を置き、8時20分にスタート。目的地はこの右手にある、桧山(ひやま)である。標高509メートル、高尾山より100メートル低い。まあ気軽に登ることにした。
国道を久慈川に沿って300メートル歩くと、夢想橋に出る。橋を渡り、突き当たりを右に行こうか左に行こうか迷う。どうやら左は駐車場らしい。まだ紅葉シーズンには早いのか、車両通行止めになっていた。確かに紅葉どころか緑一杯である。でも空は青空が広がり、散歩するにはちょうど良い。
 右の道を進むと線路を潜り、線路を左手に坂道を上がる。荒廃したキャンプ場の中を通る。登山道に入り、やや汗ばんできたので、長袖シャツを脱ぐ。エンジン全開である。と思っていたら、登山道が途切れ、林道に出てしまった。
300メートル先に水戸ナンバーのパジェロが留まっていた。中年男性が腰に竹かごを下げている。「何が取れるのですか!」と挨拶代わりに聞いてみた。「キノコです」。会話が続き、ここから富士山が見えるとのこと。おまけにマムシが多いから気をつけてとアドバイスされた。
桧山方面の登山標識からまた登山道に入る。100メートルも歩かないうちに、早速蛇の登場である。80センチぐらいある。草むらに逃げ込んだ。まあ山道は蛇との出会いが多いのでしょうがない。
登りがややきつくなり、ペースも落ちる。主の居ない小さい祠を通り過ぎると、もうすぐ頂上である。
森林の開けた頂上に9時50分に着いた。朽ちた木材のベンチと文字が消えかかった頂上の標識が出迎えてくれた。周囲の景色は小木の茂みでやや見渡しにくい。遠く南西方向に霞がかった中に筑波山らしき山影がうっすらと確認できる。西側に目を転じると、近くの山並みで一段高そうなところが八溝山だと思われる。「ドン!」と散発であるが、鉄砲の音がする。猪狩なのか、それとも熊でも出ているのだろうか!
まずは一息入れよう!妻のザックから菓子とみかん取り出し、口に放り込む。誰もいない静かな山頂である。
10時10分にもと来た道を引き返す。林道に出て、今度はこの林道の終点まで歩く。きのこ採りのおじさんとまた出会った。表情に元気がない。成績が良くないのだろう。でも1本、収穫があった。どうぞお土産にとくれた。何のキノコか分からないが、腕に地元漁業組合の腕章をしているので、信用してありがたく頂いた。(翌朝のお味噌汁で頂いた)
林道の行き止まりからまた登山道に入る。暫らくすると沢に下る。赤色の3段(箇所)の鉄製階段を登り、また下る。駅前を一望できる東屋に着いた。右手に夢想滝の近道があるのだが、通行禁止になっている。左手の遠回りの道を下りる。鮎のつり橋の手前に渓谷があり、小沢に入っていく。小魚が泳いでいた。さらに奥に行くと、合格さん地蔵があり、頭を5回撫で回すと合格するのだそうだ。私は受験生でもないので、人生の落伍者にならないようにと祈る。滝を見物し、駅の踏み切りを越えて、駐車場に戻る。11時45分。
ちょうど腹も減り、向かいの観光協会の2階に上がり、食事をすることにした。一番乗りである。券売機で食券を買う。せっかくだから名物の鮎定食とした。妻は天然物、私は養殖物。どこが違うかといえば、天然物は小ぶりで3匹。養殖物は大きく、2匹なのであります。養殖物のほうが食べやすいような気がした。お客が入りそうもない雰囲気だったが、窓際に居た我々が見えたのかお客さんが徐々に増えてきた。...
妻を車に待たせて、桧山の真反対にある矢祭山に登ることにした。地元の見取り図を参考に探鳥路を一周したのだが、登り口が見つからず、諦めて降りてきた。途中、また蛇に出くわす。午後0時25分~1時。
東館方面に町営の温泉があるはずである。下調べした資料を忘れてきてしまった。それらしい看板を頼りに行く。ユーパル矢祭という立派な町営の結婚式場兼温泉を見つける。(本当は遊湯ランドへ行く予定でした)。入湯料は町営にしては高い1000円でした。客席はガランとしていて、おばさんが一人カラオケで歌っていました。安らぐ場所なのに耳障りな雑音で参りました。
2時14分にここを出る。東館の農協と大子町の道の駅に寄り、そして沼南町のデニーズで食事をして帰った。我が家に7時30分着。
<参考:歩行時間3時間5分>
駅前<キャンプ場経由:1時間30分>頂上(20分休憩)<夢想滝経由:1時間35分>駅前


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第282回 秋田駒ケ岳<出羽山地> [登山]

 
実施日:平成18年9月11日~13日
目的地:駒ケ岳(秋田県最高峰/標高:1637メートル)
メンバー:妻、私(55才)

日本は病魔に侵されている。家族間で平気で殺人が行われている。また公務員が飲酒運転して、市民を巻き添えに死亡事故を起こしている。日本経済がやや上向きになっているとはいえ、低所得者が増え、高齢者が益々増える中、自殺者が多い。日本の政治、労働環境、教育あらゆるものにひずみが出てきているようだ。特に道徳心が薄れてきている。儒教の精神が不足している。教養よりも徳が優先すべき人間社会だと思うのだが、教育の根幹がずれて来てしまったようだ。
その世の中でも、ひとつ清涼感がある記事がある。甲子園で活躍し、優勝した早稲田実業の斉藤投手、ハンカチ王子である。冷静なマウンドでの彼の態度が好感をもたらしたらしい。特に女性方に!親の教育がよかったのだろう。当たり前だが自発的に挨拶する。文武両道の親の躾を見習わないといけない。
私も親として、胸を晴れることをしたかと思うと冷や汗ものである。振り返れば反省することが多い。少なくても健康で思いやりのある気持ちを持ち続けてくれればよいと思う。夫婦の愛情が子供に注がれている事が極めて大事である。
9月11日(月)
午前4時に起床である。前日に予約状況を見たら、満席になっていた。ほぼ諦めて、次便(6時間待ち)にするしかないと覚悟した。しかし秋田発8時便のキャンセル待ちを遂行する。
羽田空港に着いた。キャンセル待ちは始めてである。クーポン券使用方法もマニアルを見ながら券売機で航空券を発給した。ロビーに居たが、何かおかしいので受付で聞いたら、中に入ると搭乗カウンターがあるとのこと。慌てて行列の検査を終えて、出発15分前に行った。5分前に「秋田便のキャンセル待ちは満席に付き、終了させてもらいます。」やっぱり駄目か諦めた。我々もキャンセル待ちカードの処理が分からないので、カウンターに行ったら、慌てて手続きをしてくれた。搭乗可能になった。カウンターの人から15分前に来て欲しいといわれてしまった。ラッキーである。なんでも「分からないときは聞く」ものである。これでスケジュール通り進む。ほっとして搭乗した。
秋田空港は晴れ。9時30分前にレンタカー窓口に行くと、待ってましたとばかり、担当者は我々を誘導し、車に乗せられる。空港から少しは離れた所のレンタカー屋で降ろされ、手続きを始めた。予約済みなのでベルタがすぐ手配された。まずは順調である。夕方までに水沢温泉の民宿に行けばよいのである。
まずは道中に角館があるので町見物する予定にする。協和の町に道の駅があり、寄ることにした。妻が気に入ったらしく、帰り道にまた寄りたいとのことである。都会では考えられないほど野菜が安い。
角館の有料駐車場に着く。武家屋敷の地図をもらって散策する。が私の耳が痛み出す。鼓膜が気圧の変化について来れないのである。どうも飛行機に乗るといつも耳がおかしくなる。駐車場に戻り、用意してあった強い解熱剤を飲む。車を運転し始めて、すぐに効き目が出てきたようだ。痛みがなくなる。
田沢湖のたつこ像に出た。駐車を兼ねてラーメン屋に入る。小さいラーメン屋だが味のあるラーメンだった。たつこ像の前で記念写真を撮る。帰り際にバスのご一行様が降りてきた。韓国の団体さんらしい。秋田空港は今や国際空港である。韓国便があるのである。ローカル空港も今は国際的になってきたようだ。
まだたっぷり時間がある。田沢湖を半周したところに神社があり、ここで青々とした湖面を眺めながらりんごをかじる。
稲穂がきいろに色づいてきつつある田んぼから駒ケ岳の勇姿がうかがえる。山頂には雲がまとわり付いているが紛れもなく秋田駒ケ岳である。明日はあの頂に立つのだ。
近年秋田国体があるらしい、高原付近の道路工事が盛んに行われている。広い道を進んでしまったので水沢温泉郷入口を通り過ごした。このまま登路をいっても温泉郷へ下る道がある。水沢温泉郷に入り、今日の宿、かもしか荘を探す。午後4時頃。やや目立たない所にあった。やや古い木造の建物である。後で聞いたのだが、ここら辺では一番古いそうだ。民宿業も今は大変らしい。客足が鈍っているとか。そう云えば近くの国民宿舎も廃業していた。ペンションも民宿に変えているそうだ。
宿泊客は我々だけである。民宿の奥さんは前日まで天候が悪く、電話しょうか迷ったとか。でも天気がよくなってよかった。
古い風呂場だが民宿にしては広い。湯の花が沈殿している。水で薄めたいがホースがないので、熱いお風呂に我慢して入った。体中が真赤である。
明日の登山の用意をする。6時に夕食である。岩魚のご馳走である。なんといってもご飯がうまい。白く輝く白米を口に運ぶがやはり秋田の米である。さらに駒ケ岳の水でうまくなっているのかも!
食事しながら子供のはなしやら世間話で盛り上がる。
 9月12日(火)
4時50分に起床。まだ暗いが空は多少雲があるが晴れそうである。6時に1階に下りて、宿賃と今朝のおにぎりを受け取る。
トヨタベルタは1300ccであるが、乗り心地満点である。静かな山間を縫って走る。八合目の小屋に到着。軽の車が一台。駐車場は50台位駐車できる。バスも5,6台は入る。
おにぎりを1個ずつ食べて、6時45分に出発。岩肌のむき出した所を通過し、円垂状の男女岳(おなめだけ)の周りを等高線に沿って歩く。周囲の山々は雲海に埋まっていた。紫色のトリカブトとやや峠を越したアザミの花が所々に群生している。非常に楽なコースである。
やや高度を上げたところにハイ松が出現。ぐっと高山の赴きが出てきた。そして田沢湖が顔を出してきた。
男女岳と男岳(おだけ)に挟まれた平地に出る。木道が敷かれていた。小さい湖の阿弥陀池に着くと、男岳の分岐がある。やっと山らしい登りが始まる。尾根に出ると反対側に30年前に噴火した小さいカルデラ式の火口が眼下に見下ろせる。今は想像できないが緑に包まれた芝生のような火口なのである。尾根伝いを登りつめてやや進むと男岳の山頂に出た。8時8分着。
頂上にはおとなしそうな青年がひとりガスコンロで沸かした朝食を楽しんでいた。駐車場にあった軽の車の持ち主である。地元の大曲から来たとか。我々の息子達と同じ年頃である。ここが噴火したとき「とっつあんが写真を撮りにきたんだ」と教えてくれ、その年にこの青年が生まれたのである。昭和48年頃の話。この青年に回りの山々を教えてもらう。南西方面にくつきりと雲海に浮かぶ山が鳥海山。反対方向に男女岳の横に岩手山、北側に綺麗に聳える森吉山である。妻も槍ヶ岳以来の綺麗な景色に魅了されたようだ。楽しい会話が続いた。
彼が下山した後、我々もしばらく山の景色を堪能してから下山する。
阿弥陀池に戻り、避難小屋から男女岳の直登ルートがある。石で敷き詰めた広い道が百メートル位続き、その次は木道で頂上まで続く。かなり立派に整備されている。
9時18分に無人の頂上に到着。男岳に負けない眺望の良いところである。今度は東に遠く早池峰山の山並みが雲海に浮かんでいる。妻とおやつを食べながら、この世の景色とは思えないパノラマを生で実感出来たのである。日本アルプスから望む景色に引けを取らないと思う。
下りの木道でオコジョが顔を出す。なんと愛らしい。後ろ足で立ったり、すぐ木道に隠れたり、また顔を出す。我々も足を止め、暫らく彼と隠れん坊である。
また気になったのはバッタである。真緑の体に黒のストライブがくっきりとはいったバッタが木道の先々にぴょっこぴょっこと現れた。関東では見かけないバッタである。
避難小屋ではおじさんがトイレ掃除をしていた。ブログ等ではかなり顰蹙をかっていたトイレである。悪臭が漂うとか。改善されたのだろう。
火口の外輪山のひとつである横岳に10時6分に到着。眼下に国見温泉方面から20人ぐらいだろうか、登ってくる姿が見える。我々は8合目からの登りだから楽であるが、国見温泉からだとまともな登山になる。お疲れ様!
笹森方面へ下り、11時7分に8合目小屋に到着した。駐車場には30台の車が入っていた。無人小屋に入り、テーブルの上に今朝の残ったおにぎりとりんご、おやつを出して、昼食?とする。
帰りは田沢湖高原の売店により、山のバッチを買い求める。これから男鹿半島へ向けて出発。妻の案で男鹿半島へ行くのである。そう簡単には来れない所である。山のついでである。
田沢湖から国道沿いに走り、角館から昨日来た道と同じである。協和の道の駅に寄り、買い物とラーメンを食べる。眠気もおさまり、秋田市内を目指して走る。海岸線を走り、途中から男鹿半島の山間を走り、戸賀湾の塩浜に到着。民宿は道沿いにあり、すぐ分かった。
 2組の工事関係者が逗留していた。やはりこの時期は一般客が少ないのだろう。夏場の海水浴場客がメインらしい。
夕食はズワイガニ一匹と刺身、サザエ、鮭の煮込み、小鯵の天ぷら、茆の御浸し、海草等の豪華絢爛の食卓である。妻はご飯を控えめにし、食卓のおかずを平らげた。私はズワイガニと奮闘し、やや疲れたのか、食べ切れなかった。残念である。
9月13日(水)
7時に朝食を済ませ、民宿かもめを後にする。空港に帰るのだがまだ早い。行きとは違うコースで海岸線を走ることにした。日本海を眺めながらのドライブも粋である。
まだ時間がありそうなので、寒風山に登る。もちろん車である。展望台から埋め立てられた八郎潟と日本海が一望できた。
山を下り、秋田市内で昼食に焼肉屋に寄る。午前11時30分。午後5時20分発の飛行機にはまだまだ時間が早い。しかし予約無しのため早めに行くことが賢明である。ここから空港まで30分もかからない。
空港の手前に川があり、土手に駐車して昼寝をする。妻曰く、私のイビキが凄かったらしい。そういえばすっきりしていた。
レンタカー屋に予約より1時間半早く、車を返した。高騰しているガソリンだったが、燃費の良い車だったので、思ったより燃料代が安く納まった。
帰りの飛行機はキャセル待ちしなくて済んだ。やれやれ助かった。
2階ロビーで妻はお土産もの買い。私はテレビで時間つぶしである。それでも時間が余り、空港展望台に上がり、少ない飛行機の離発着機を眺めていた。自衛隊ジェット機もタッチ&ゴーの練習なのか、いい時間つぶしになった。
予定時刻に離陸して、羽田へ帰る。デパートで食事し、我が家へ10時前に到着。雨のお出迎えである。我が家に帰るなり、息子達から電話がかかって来た。心配してくれた息子達に感謝。

参考:歩行時間:4時間
8合目小屋<1時間25分>男岳<15分休憩/55分>男女岳<10分休憩/40分>横岳<1時間>8合目小屋


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第281回 蛾ヶ岳<富士山周辺> [登山]

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実施日:平成18年7月15日(土)
目的地:蛾ヶ岳(ひるがたけ/標高:1279メートル)<富士山周辺>
メンバー:妻、私(55才)
 
とうとう北朝鮮がアメリカ独立記念日にミサイルで日本海めがけて威嚇発射してきた。(テポドンは失敗したらしい)北朝鮮政府の末期症状である。数年前にもテポドンを太平洋に打ち込んできたことがある。日米の国連決議案の提出で、国連安保理の理事国である中国とロシアが議長国声明に留めたいとかで纏まらない状況である。軍隊のない日本としては危険に曝されている状況である。アメリカの核の傘の元で安全なのか、とても心配である。日本は平和主義国家として貫くのか、軍備拡張へ路線変更するのか岐路に立たされているのである。
この結末は巧妙な政治家ならシナリオができているような気がする。一国民として見守るしかないが、兵法(孫子の兵法)の神様、孫武ならどうするのだろうか。日本にも外交に長けた逸材がいるとおもうのだが。.......
さて私も4月以来、山に行っていない。低山の真夏の山登り(高山は別)は絶対避けるのが常道であるが、運動不足解消の為、日帰りコースを検討した。30年前に山梨の四尾連湖にドライブしたが、悪路の中、雨でタイヤがスリップし、退却したことがある。リベンジのつもりで付近の山登りついでに行くことにした。
7月15日(土)
午前3時の目覚ましが今日のスタートである。寝苦しい毎日であったが、部屋は除湿してあったので適当に寝られた。大方の荷物は前日に車に積んでおいた。やや出遅れたが、3時40分になつ(我が家の猫)を留守番にして我が家を離れる。
コンビニで昼食用のおにぎりを調達する。千鳥町から高速道路に入る。都心環状線から4号線を通り、中央道に入る。談合坂SAに5時7分到着。朝食兼休憩である。空は明るい。晴れそうだ。
甲府南ICで降りる。カーナビ任せで道の駅豊富まで行く。義兄のご用達の店である。農作物が安価で販売されているとか。しかし店はまだ開いていなかった。開店は9時からである。山の帰りに寄ることにした。
舗装された山道をグングン登り、四尾連湖に6時50分に着いた。奥の広い駐車場からおじさんがニコニコして出てきた。B5用紙の手書きの蛾ヶ岳登山マップを渡された。そして目指す山はあそこですと指差して教えてくれた。1日400円の駐車場代を払う。  
暑そうな日差しがお出迎えである。登山靴に履き替え、麦藁帽子を被る。7時10分に妻を従えて出発。幸い樹林帯の中なので強い日差しはない。だが登山口から登りである。
 7時35分に尾根に出る。大畠山の大きな看板がある。体中から汗が吹き出ているようだ。タオルで背中の汗を拭う。妻はケロッとしている。汗の出にくい体質なのである。
緩やかな尾根筋の登山道を歩く。足元から蛾が飛び散る。ここら辺から頂上まで人の気配を感じてか、行く先々蛾がお出迎えなのである。ヒラヒラ舞いながら散って行く。(詳しくは分からないが蛾に似ているセセリチョウなのかも知れない)。これでわかったような気がする。この山の名前である。「蛾ヶ岳」。蛾が多いからだ。しかしこの山は「ひるがたけ」と読むのである。一説には麓の市川大門の人々はお昼からこの山の上に太陽が昇るそうな!それでヒルがたけと読んでいるとか。
 植林された杉林と交互にブナの自然林を1時間歩くと、西肩峠に着く。(別名六地蔵峠という。一枚の平板に六人の地蔵さんが描かれている。)    
頂上まで15分とある。左に鋭角に曲がると急な登山道が立ちはだかっていた。
ルンルン気分のハイキングコースもこの急登でまた一汗掻かねばならないのである。
8時43分に南側と西側が展望用に切り開けた頂上に着いた。なんと南側の空間に左側に白い積乱雲が纏わり付いて黒々とした富士山がくっきりと裾野まで姿を顕わにしているではないか。ラッキー!早起きは「三文の得」とはこのことだ。昼頃になると温度上昇と共に雲がもっと湧いてくるのである。
 反対側にも展望があり、八ヶ岳を中心に左に南アルプス、右に茅ヶ岳、金峰山が望める。眼下には小さいブルーのオパールの宝石が輝いている。四尾連湖である。その先は甲府盆地があり、二股の左に釜無川、右に笛吹川が延びている。
二人きりの贅沢な頂上展望台である。ひときわヒグラシの鳴き声が甲高く聞こえる。それもそのはず、休憩している木の上に2匹のヒグラシが見えた。「カラカラ、カラカラ...」
9時30分に下山開始。世間話をしながら、会話は進む。しばらくすると会話も止み、無言で歩く。ふっと後から付いてくるはずの妻の足音が聞こえなくなった。......ここで振り返ってはいけない!.....ギリシャ神話に出てくる冥界王ハ-デスに約束したではないか。愛する妻を竪琴の名手で美声の持ち主であるオルフェウスが死んだ妻ユウリデケを地上に戻らせることの許しを乞うた。但し、地上に出るまで振り向いてはいけないという条件が付けられた。オルフェウスは喜び勇んで暗い冥界の道から地上への道へ進む。妻が後に付いてきているのだ。振り向きたい気持ちを辛抱するのである。しかしオルフェウスは地上の光を見て、一刻も妻の姿を見たくなり、振り向いた。青白い霧がスーッと消えた。......
私も振り向いた。妻はニコニコして後ろから付いてきていた。ホッとする。 後が気になったら振り向くなといっても無理だ。オルフェウスの気持ちが良くわかった。.....
あっという間に大畠山に着いた。10時16分。
駐車場のおじさんのお勧めで遠回りをすることにした。分岐点を真直ぐ進むと野沢一の文学碑がある。そして四尾連湖へ下りるのである。やや倒れ掛かった草を押しのけて進む。すると軽四輪駆動車が入れるような林道に出る。
10時35分に野沢一の文学碑のある四尾連峠に着いた。右に曲がると身延線の市川本町駅へ下る。我々は左へ折れて四尾連湖へ下る。
10時47分、四尾連湖湖畔の水明荘に着いた。湖水には15センチぐらいの小魚と大きな鯉が泳いでいる。ロマンチックな湖である。湖畔を一周することにした。二人連れの大公坊が糸を垂らしている。こんにちは!
半周したところで、今登ってきた蛾ヶ岳の姿が現れた。誰も居ない湖畔キャンプ場でペットボトルを取り出し、丸太の上で休憩する。
一周し終えて、駐車場へ戻るときに静寂を壊して10台ぐらいバイクが入ってきた。そして何台かのバイクが空ぶかしをする。耳障りの上に不愉快な感情がこみ上げる。近寄るとみんな中年のじい様である。おそろいのBMWときている。バイクでくるのは良いが、すこしは遠慮もするべきだ。空ぶかしは止めてもらいたい。
山を下りる。道の駅に寄る。温泉に食堂が無いかもしれないので、ここで昼食にする。小奇麗な食堂である。食後に野菜・お土産コーナーに行ったが、とうもろこしと桃は売り切れてなかった。安価な野菜を買い、土産を買い込む。
次に温泉を目指す。岡の上にあった。まだ新しい建物である。駐車場の車は7分ぐらい。車から出るとむっとし、だるくなるような暑さである。
750円の入湯料を払う。今はやりの温泉である。露天風呂は甲府盆地を眼下に見下ろし、八ヶ岳を望めるのである。余り居こごちが良いので3時間ぐらい休憩してしまった。ここはお勧めのスポットである。「みたまの湯」。蛾ヶ岳と違って、混むので要注意。
野菜売り場で桃がお安い。確かに回りは桃園ばかりである。駐車場は満杯で良い時に出てきたようだ。
帰りは来た道を戻る。甲府南ICから入る。高井戸の事故渋滞で70分、余計に時間を要した。我が家に午後8時に帰り着く。

記録
四尾連湖(しびれこ)<25分>大畠山分岐<50分>西肩峠<15分>蛾ヶ岳頂上
頂上<45分>大畠山分岐<20分>野沢一の文学碑(四尾連峠)<7分>四尾連湖  歩行時間2時間37分
歩行距離 約6Km
*交通費:
高速料金(千鳥町~甲府南)        7000円
ガソリン代                    5000円
入湯料                      750円
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第280回 大洞山・大沢山<富士山周辺> [登山]


実施日:平成18年4月22日
目的地:大洞山(標高:1402m)・大沢山(標高:1460m)<富士山周辺>
メンバー:単独(55才)
 
今の会社では生活が成り立たない。就職活動を始める。ほぼ決まりそうなのだが、結果が来るまでは安心できない。落ち着かないので、12月に暖めていた計画を実行することにした。
日本海に浮かぶ竹島問題が再浮上した。日本が海底探索船を出すことに韓国がもう反発していた。取敢えず、海底測量を中止し、韓国がドイツでの国際会議への海底地図呼称変更を提出しないことで、両国が合意した。しかし問題の先送りで何等解決されたわけではない。まだまだ続く外交問題である。
4月22日(土)
今回のコースはちょっとハードだ。単独だからできる山行である。行程17Kmはきつい。特に天候が悪くない限り大丈夫。
朝一番のバスに乗り、船橋駅から快速で東京へ。売店でおにぎりセットを買い込み、車中で食べる
高尾で甲府行きに乗り換える。今日は天気だ、登山者も多い。
大月に来る頃には乗客もまばらである。
笹子に4人降りる。9時25分にスタートする。甲州街道筋の玄関の表札はほとんど天野姓である。いつもこの道を通るときに感じていた。
街道の旧道を200メートル程進むと、右の路地入り口に矢立の杉への標識がある。うっかりすると通り過ぎてしまうところである。(10:00)別に車道を進んでもよいが、川に沿って山道を歩いた方が気持ちがよい。
車道に一旦出て、また標識があり、遊歩道を歩く。明治天皇御野立記念碑を通り過ぎ、10時42分に矢立の杉に到着。昔の武者が出陣の時に矢をこの杉に打ちたてて武運を祈ったと立て看板に記されている。根元の幹周りが9メートルある。中は空洞である。根っこから上を覗くと日の丸の日差しがまぶしい。
このまま車道に出ても良かったが、沢沿いに近道がある。踏み後がやや怪しいので注意。
近道を登り詰めると車道に出る。後ろから一台のバイクがけたたましく走り去っていった。バイクの音が山間をこだましていく。
トンネル入口に車が4台駐車していた。雁が腹摺山へでも行っているのかな!私はそのままトンネルの上にある峠まで登る。11時12分。ここで昼にしても風景がなく寂しいので続けて登ることにする。
急登でやや足のふくらはぎが痛む。2つの小さいピークを越えて、中尾根の頭に11時37分に到着。立派な標識である。この地名は地図には載っていない。
これから目指す山並みが続いている。次の小ピークにベンチがある。ここでやっと富士山とご対面である。山並みの上にちょこっと白い富士山の顔が覗いている。
尾根を鋭く削った崖(歩行にはまったく問題なし)を何箇所か通り過ぎて、やっとカヤノキビラの頭に午後0時19分に到着。富士山が大きく広がっている。ベンチに腰掛けて食事にする。
清八方面からたくましい男性2名が降りてきた。まさか人が入っているとは思わなかった。私一人でこの山並みを独り占めにしているとばかり思っていた。この二人、笹子峠へ下りるのに道を誤って進むのでこちらの道だよと教えてあげる。
40分も休憩してしまった。1時丁度に出発。大洞山まで8分。そして摺針峠に1時20分。右が御坂町三ツ星、左が笹子である。大沢山を3時までに登りきりたい。先を急ぐ。やや登りが多くなる。所々で後ろを振り向くと、南アルプスが段々全貌を現してくれる。甲斐駒から荒川三山まで白く輝いている。
ボッカの頭に2時2分到着。ここにも立派な標識がある。10分ほど休憩した。あと残すは大沢山のみだ。
2時44分に最後のピーク大沢山に到着。これで大菩薩から高川山までの尾根が繋がった。何か気持ちが晴れ晴れした。
前回ここに来たときは古い標識しかなかったが、地元で立派な標識を設置していて助かる。
30メートルほど先に分岐点がある。標識に笹子方面は道不明瞭と書かれている。前回に実証ずみなのでなんの心配も要らない。躊躇せず下る。
発電所を見下ろしながら足早に降りる。鉄塔に3時30分。途中に紫色の桜(?)が数箇所8部咲である。
奥野稲村神社に3時57分に到着。朝通った甲州街道に戻り、笹子駅に4時17分に到着した。大分予定より短縮してしまった。計画書もハードな時間割だったが、ものすごい短縮タイムになってしまったようだ。
帰りの電車を1本早めて帰ることにした。4時48分の高尾行くに乗り、更に中央特快に乗り継いで、東京から快速で船橋駅へ。8時頃、地球バス停(仮称)で降り、マルエツで500ml缶2本を買って、我が家で喉を潤す。
 
記録
笹子駅<35分>新田<42分>矢立の杉<30分>笹子峠<25分>仲尾根の頭<42分>カヤノキビラノ頭<8分>大洞山<12分>摺針峠<44分>ボッカの頭<40分>大沢山<40分>鉄塔<27分>奥野稲村神社<20分>笹子駅   歩行時間6時間8分
歩行距離 約17Km


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第279回 赤久奈山<奥多摩> [登山]

 
実施日:平成18年3月26日
目的地:赤久奈山(標高:923メートル)<奥多摩>
メンバー:単独(55才)

3月はWBC(世界野球大会)が始まり、テレビ観戦が続いた。1次、2次リーグと韓国に負ける。そしてアメリカにも負けた。ここで普通はトーナメントに進めないのである。ところが奇跡が起こる。2次リーグの最終試合でアメリカがなんとメキシコに負けて、失点数で日本はアメリカに勝ったのである。アメリカ審判のジャッジで一波乱あったおかげでメキシコが奮闘したのである。急に日本は元気付き、トーナメントでまた韓国戦となり、今度はお返しとばかり、勝ち進む。決勝のキューバ戦もはらはらさせられながらも世界一になったのである。
春の選抜高校野球も始まる。1回戦の千葉県代表の成田高校も勝ち進む。まだまだテレビから離れられないぞ。
春が近くに来たかな!外へ出よう。急に近場の山行計画をする。インターネットで結構手強そうな山を見つける。赤久奈山または赤杭山と書く。「あかぐなやま」と読む。余り人が入っていないらしい。
3月26日(日)
昨日の予定が今日になってしまった。勝手にシフト変更(勤務表)されていた。昨日と今日を入れ替える。おかげで昨日は2時間も残業になり、山支度も夜遅く始めた。
朝5時20分に起床。雨がしきりに降っていた。だが昨晩、妻から「雨は止むから大丈夫そうよ!」。その言葉を信じるしかない。快便であり、幸先よし。6時3分のバスに乗り、そして船橋駅から快速に乗った。
東京から7時5分の快速に乗る。新宿で朝食を買い込む。9番線から、7時44分のホリデー快速奥多摩行きに乗った。空席が目立つ。だが停車駅で段々人が増える。立川で登山客がごっそり乗り込んで来た。
天気も段々回復してきたようだ。御岳駅に着くと、9割近い乗客が降りた。私も各駅停車の電車待ちなので降りる。
9時16分の後続電車はガラガラである。古里駅に着いた。10名位のハイカーが降りる。9時30分、私だけは駅舎の反対側へ。ここから川乗山へ目指す人は誰もいない。熊野神社への坂道をまっすぐ登る。更に道なりに坂道を上り、墓場の先にしっかりした標識がある。ここが登山口だ。9時43分。
 階段を上がり、杉林の森林帯にはいると気持ちのよい緩やかな登山道である。杉もきれいに伐採されて整備されているようだ。
9時56分に尾根に出た。この先の谷間は採石場である。山が削り取られている。右手の尾根をゆっくり登ると、道は山を左手に巻く形になっている。後で気がついたのだが、これを直登していけば、ズマド山にあたるのだと思う。もちろん道はない。
この巻き道もやや土砂で崩れぽっく、急斜面を横切っているがそれほど心配することはない。
10時27分、尾根に出ると川井駅への道と合流する。ズマド山は尾根伝いを引き返す。道なき道を進むとすぐズマド山北峰(朽ち欠けた標識がある)に着いた。約5分。
この下に三角点のあるズマド山(690m)が見える。地図で見ると、ここは720メートルぐらいだ。時間のロスになるので南峰は止めた。
元の道に引き返す。目の前の山を右に巻く。山を半周すると北側が開けていた。棒の折山の尾根伝いが見える。
単調な広々とした登山道を緩やかに登る。古里駅から誰一人として登山者に逢わない。静かで落ち着いた雰囲気のある良いコースだと思う。正面の赤久奈山を右に巻くと、標識が出てくる。尾根に戻る形である。100メートル先に平らな頂上がある。11時23分に到着。川苔山で昼食にしようと思ったが、人が一杯いそうなので、早めに昼飯にすることにした。お湯を沸かしているとザワザワする音が聞こえてきた。早くも下山者らしい。川崎で奥さんと待ち合わせしているので、急いで降りるとか言って標識を一枚、写真に収めて行った。私も長居は出来ないので、12時5分に出発。
南面に杉、そして右手北面に白樺の木が見えてきた。やっと標高も少し上がってきたのかなと感じる。まもなくすると右手にコンクリートの広場が見えてきた。インターネットの山行記録に大丹波方面から見ると赤久奈山尾根に林道ができているという記事を読んでいたので、これだなとわかった。ほんの10メートル先に駐車場があるのだから、この山もお仕舞いかな!と思う。はたして一般車の入山を解禁するのだろうか。
やや汗ばんできた。狼住所(オオカミスンドコロ)に午後1時15分着。右に大丹波、左に本仁田山、鳩ノ巣駅と記されている。私は真直ぐ登り続ける。曲ヶ谷北峰に着いた。道標に右が日向沢の峰、蕎麦粒山でその反対が川苔山である。すぐ目の前に川苔山がある。一旦鞍部に下りる。ややみすぼらしい山小屋と右から百尋の滝方面から来る道と合流する。
一気に頂上へ登る。1時35分。若者の団体グループと2,3のグループが昼飯をしていた。霞みで遠望は利かない。私は靴紐をやや強めに締めて下山した。
先ほどの小屋の右手から鳩ノ巣駅方面への道を下る。
 窪地にある舟井戸に1時52分経過。
登りで時間を食ったので、挽回しようと加速して降りる。今日の入山者が少ないと見える。単発3名と中年ペア2組を抜いた。
 やや下界の騒音が聞こえ始めてきた。5、6軒の集落の崖上を通り過ぎる。石でも落としたら大変!落石防護用の網があるが安全とは言えなさそうだ。
標識をひとつ見送り、街の斜面に出た。コンクリートの道に躓きながら、真直ぐの坂道を下る。庭先には梅が咲いていた。春を発見。来て良かった!
踏み切りを渡ると左手に駅舎がある。3時8分到着。川苔山から1時間33分。私のスケジュールの下山時刻に帳尻を強引に合わせた。単独だからできる技である。
ちょうど上りの電車が入ってきた。ホーム間の階段を急いで渡る。青梅行3時12分発に乗って帰る。青梅に着く頃には満員になっていた。青梅街道も車で大渋滞。この時期はしょうがないよね!
船橋駅に5時45分に到着した。

参考:歩行時間/4時間50分
古里駅<13分>登山口<5分>尾根<33分>川井駅合流点<5分>ズマド山北峰<50分>赤久奈山<40分昼食/1時間10分>狼住所<20分>川乗山<20分>舟井戸<1時間15分>鳩ノ巣駅
*交通費:
JRホリデー切符     2300円


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第278回 富士山<三浦半島> [登山]

 
実施日:平成18年2月25日
目的地:富士山(標高:183メートル)<三浦半島>
メンバー:妻と私

妻が中国ツアーから帰ってきた。不機嫌である。息子に久しぶりに会いに行ったのだが、息子が中国人のガールフレンドを連れて来たかららしい。話がややっこしいので省略。
トリノオリンピックも佳境に入り、日本は期待していたメダルが取れない。日本中の人がイライラしていた。やっと終わりに近づいたとき、女子フィギュアースケートの荒川さんが見事に金メダルを獲得したのだ。私は大喜び。日本中が沸いたのである。号外も出る。小泉首相も喜んで荒川さんに電話をしていた。さえない日本と思ったが、どっこいである。世界の頂点に立つということは大変なのですね。感動できて嬉しい。もうひとり15才の天才少女真央ちゃんがオリンピックに出ていたら、どうなったのかな!と複雑な気持ちである。真央ちゃんには次回のバンクーバーで頑張ってもらおう!
2月25日(土)
房総半島にも富士山がある。そして三浦半島にも。横須賀に住む職場の方から新聞の切り抜きなど色々な資料を頂いた。
病後の体力も回復した妻を連れて行くことにした。一番のバスに乗り、船橋駅を快速久里浜行、6時27分に乗る。天気は昨日大分雨が降ったが、これから晴れるそうだ。
終点久里浜で下車し、売店でおにぎりを買い込む。京急久里浜線に乗り換える。8時51分の三崎口行に乗る。ここら辺は都会通勤圏に入るのだろう。JRに比べて、ホームには結構人が居た。
久里浜から3つ目の駅で降りる。津久井浜駅の改札口を出ると、電波塔の見える山並みが見えた。我々がこれから登る所だ。9時に駅を出発。京急の高架下を潜り、津久井川川沿の細い車道を進む。私は羽毛のジャンパーを着ているので、冬山にでも行くような格好なのだ。だが風が冷たい。決してオーバーではなさそうだ。
三叉路に差し掛かる。標識に右が三浦富士だ。右折し坂道を登る。坂の途中にまた標識がある。左に畑へ進む道がある。キャベツ畑の中を正面の山に向かって進む。下に村を見下ろしながら、少し高度を上げる。みかん畑に入ってきた。収穫が終わったみかんの木には鳥たちが突っついたあとのみかんの皮だけが橙色に際立つ。
山の中腹で林道も終わりだ。犬が賑やかに吠えている。みかん泥棒用の犬でも飼っているのだろうか!人間が来たことを飼い主に知らせていると思った。すると塀に囲まれたプレハブが出てきた。門柱の看板に警察犬・救助犬訓練施設とか書いてあった。なるほど、檻に入った犬達が騒いでいるのが見える。
長沢駅から来る道とここで合流する。そしてやっと登山道に入るわけだ。右手に1メートルほどの台座に載ったお地蔵様が出迎えてくれる。そして階段状の坂道を上がっていく。
岩の祠と石碑の頂上に着いた。9時52分。祠の先に三角点もある。肝心な頂上を証明する標識板は古く、三浦富士と書かれている塗料が完全に剥離されていて判読不能である。
 ここから東京湾が見えるのだろうが、生憎曇っている。低山とはいえ、綺麗に晴れていれば千葉県も見えることだろう。
20分ほど休憩する。その間に2,3人の登山者とランナーが通過していった。
我々も腰を上げて、尾根道を下る。まもなく林道に出る。見晴台があるが霞の先は何も見えない。道端に赤い実を付けた草が目立つ。実を齧ってみたが味は無く、果肉は薄く、硬い大きな種が出てきた。妻になんだろうか聞いてみたが。首を捻る。どうも植物音痴な夫婦だと共に笑うだけである。しかし妻はれっきとした薬種商の資格をもっているので、簡単な生薬ぐらいは分かる。勉強のため写真に収める。
歩きながらふっと思い、妻に話しかけた「時間が早いので、三崎口まで行き、マグロ丼でも食べようか」と、妻曰く「三浦半島を一望できる高原で、食べるおにぎりほど、最高素材の料理はないわよ!」。肯綮にあたるお言葉!
砲台山は二股を右折して、砲台跡の10メートルほどの大きな穴をのぞいて戻ってきた。
林道が切れて、山道に入るとまもなく、電波塔に出た。最後のピークだ。車道があり、展望台を囲んだ緑地とその目と鼻の先に武山不動尊がある。食後、不動尊を見学した。寺の隣に小さな稲荷神社があり、扉を開けてお賽銭を入れてきた。ここら辺には猫が多く、寺と神社は扉で閉ざし、猫の侵入を防いでいた。
11時に到着した我々は、展望台の丸い方向盤を覗いて、1階の日当たりのよい場所で昼食にした。太めの一匹の猫が遠巻きにうろうろしている。展望台を一周してまた我々の前に来た。妻は食べているおにぎりを御裾分けした。うちの猫と違って、ご飯を食べた。つい「えらい!」と言ってしまった。うちの猫が贅沢すぎるのだろうか。先ほどの猫が食べ残したおにぎりを別な猫が来て、片付けってくれた。
5月になるとこの周りはツツジでいっぱいになるらしい。そして人で賑わうそうだ。今日はまだ寒い。2、3組の登山者が休憩している。
1時間たっぷり休憩して山道を下る。やや湿っぽい地面は滑り易い。妻は登山靴のせいにして「危ない」を連発していた。
大きな蘇鉄が何本か見えて、その下にブルドーザーが一台ある。その敷地の所有を示す京急不動産の看板があった。推測だが、昔ここに植物園があったのかも。そんなことを考えているうちに民家に出てきた。途中で気がついたのだが、キノコのオブジェが標識代わりになっている。車道にもあり、これを目印に津久井浜を目指して下る。
突然人ごみに遭遇した。観光農園の市が開かれていた。妻は三浦大根を2本お土産に買う。口には出さず、重い大根を引きずって私は黙々と歩く。(あとで、よく煮込まれたみずみずしいこの大根が今晩の馳走になるのだ。酒も一段と美味くなる。)
細い車道はイチゴ狩りの車だろうか頻繁に通る。今朝来た道に出た。もうすぐ駅だ。
午後1時5分に津久井浜駅に到着。久里浜駅手前にYRP野比(のび)という変った駅名があった。妻と何の略だろうか不思議に思った。結論は持ち越すことにした。(YRP:職場の横須賀に住む方から教えていただいた/横須賀リサーチ・パーク)
京急久里浜駅のスーパーで缶ビールとつまみを用意し、午後1時57分発、成田空港行に乗り込む。妻は総武快速線の常連客なのでよく知っている。ボックス座席は前車両にあるというので先頭車両まで行って乗った。早速、妻と乾杯である。なんと楽しい一日だった。少しは気分が晴れたかな!

参考
歩行時間:(歩行距離:8Km)2時間50分
津久井浜駅<50分>富士山頂上<20分休憩/1時間>砲台山経由武山不動<1時間昼食/1時間>津久井浜駅
交通費:
JRホリデー切符     2300円
京急/久里浜~津久井浜 150円X2


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第277回 鳴虫山<日光周辺> [登山]


実施日:平成17年11月19日
目的地:鳴虫山(標高:1104メートル)<日光周辺>
メンバー:単独

過去にこの山を登ろうとしたが、天候が悪く、断念していた。駅から近く、ものすごく登りやすい山なのである。妻も日光見物したいとのことで、遅い紅葉を見に一緒に出かけてみた。
 本日、20日は日曜日、東京女子マラソンに高橋尚子が出場し、2年前の屈辱を晴らした。臥薪嘗胆の精神だと思う。彼女の明るい性格と周囲の人々に対する感謝する気持ち、そして負けず嫌いな性格は現代人の女神ではなく、御仏だと思う。女神はギリシャ神話で出てくるイメージがあり、自分勝手なところがある。御仏は懐深く慈悲深い、人を救う菩薩さんなのだと思う。道教、儒教、仏教の一番大事な部分をもった生仏なのである。彼女の優勝インタビューで私はそう確信した。
11月19日(土)
日本海沿岸、北海道では雨か雪である。西高東低の天気図で、関東地方は晴れ。今回の鳴虫山は全く問題なし。なにせ2回も取りやめているから。
 真っ暗なうちから家を出る。5時35分。それでも満月の月明かりが印象的である。ひとつ先のバス停まで歩く。そこから5時51分の船橋駅行に乗る。平日の一番バスは満員だが、座れる余裕があった。
船橋駅に6時6分に到着。京成船橋駅(半分高架工事終了)から6時16分発の快速西馬込行に乗る。最後部車両は空いていた。30分ほどで浅草駅に着いた。シャッターの下ろされた神谷バーの前を通り、東武浅草駅へ。
切符を2枚買って、2階へ上る。一番左のホームの5番線にすでに快速が停車し、ドアがちょうど開いた。6両編成(先頭2両が日光、中2両が藤原、後ろ2両が田島行)の先頭車両へ急ぐ。今日は快晴で土曜日ときている。さぞかし混むのだろうと予測していたが、すんなり座席を確保した。トイレに行き、用を済ませ、缶コーヒーを買い込む。そしておにぎりとお稲荷さんを広げて朝食である。出発時間間際に混みだした。外人さんがいやに多い。
北千住、春日部でまたまた乗客が増えてきた。始発駅から乗ってきて良かった。
下今市駅で2両になる。後の4両は鬼怒川方面へ。
日光駅に9時20分に到着。妻はバスで東照宮へ行った。5分後に私は防寒具を着て、手袋をする。粉雪が舞っているのだ。
 バス通りを10分ほど行くと、左側に消防署がある。その先に市営駐車場入口に鳴虫山(なきむしやま)の小さい看板が出ている。ここから入れば早道だと思ったが、ガイドブックのとおり行くことにした。この先の御幸町交差点(信号)を左折し、突き当りの天理教を左折し、次を右に曲がる。もうここからは立派な看板があり、迷うこともない。
川を渡り、右側を道なりに数十メートル行くと登山口だ。数分登ると貧相な天王山神社がある。裏に回ると町が一望できる。
先行している二組の女性2名ずつのパーティを追い抜き、神ノ主(こうのす)山に10時12分に通過。ガイドブックには眺望が良いとあるが私にはそう思えないのでパスした。男性パーティを2組抜く。調子が出てきたようだ。尾根道から頂上付近に雪を被った男体山、太郎山、女峰山が木岐の間から見え隠れしている。頂上付近で高校生の一隊とすれ違う。若者とすれ違うのはめずらしい。
11時08分に頂上へ着いてしまった。ガイドブックでは駅から2時間40分なのだが、1時間43分で上った。ややハイペースなのだろうか。頂上には踊り場的な低い木製展望台がある。日光連山が良く見える。南側は林で展望は良くない。2組の夫婦と一人の男性がお弁当を広げている。私も昼飯にする。ところが大失敗。コッフェルと水筒を出す。お湯を沸かすためには携帯ガスセットが、...見当たらないのである。家で確かにガスボンベを出して、ザックに入れた筈なのだが。トホホ!「サルも木から落ちる」類なのだろう。
幸い、非常食の栗入り汁粉があったのでみかん1個と一緒に食べる。なんと味気ない昼飯となってしまった。
11時40分に下山。予定より1時間10分早まった。山の気配は紅葉も過ぎ、冬支度への準備中という所である。足元は所々、霜がある。
尾根伝いを歩き、合峰を過ぎ、925メートルと表示された独標を過ぎたあたりから急な下り坂になる。下りも軽快にリズミカルに下る。
草ぼうぼうの林道カーブを横断し、山道を下ると登山口のある林道に出る。その先に東京電力の水圧ダムに差しかかる。午後0時46分。大谷川の渓谷、含満ガ淵を通り、車道に出て川を渡ると賑やかな東照宮付近に出てくる。歩道をのらりくらり歩き、また大賑わいの神橋を渡る。さらにバス通りを下る。
東武日光駅に1時30分に着いた。妻との待ち合わせ時刻は2時45分。当然その時間にはまだ早すぎる。取敢えず、広い駅の待合室に入ると、ベンチでにっこり笑って、こちらに手を振る妻を発見。まあ外は寒いことだし、早く帰ることにした。缶ビールを買い込み、電車で飲むことにする。それにしても午後3時50分の快速で帰るつもりが2時間も早まった。おかげで電車はガラガラである。1時59分発の快速に乗り、浅草で乗り換え、5時には船橋駅に着いた。東武デパート7階のトンカツ屋に入り、ほろ酔いセット(生ビール付/1580円)で乾杯する。
 参考<歩行時間:3時間30分>
東武日光駅<50分>神ノ主山<50分>鳴虫山頂上<昼食/1時間5分>水圧ダム<45分>東武日光駅


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第276回 兜山<奥秩父> [登山]


(春日居町駅から兜山<かぶとやま>を望む)
実施日:平成17年10月22日(土)
目的地:兜山(標高:913メートル)<奥秩父>
メンバー:やまびこ会(3名)

笛吹市の中央線塩山駅の先にある、春日居町駅から右側にぽっかりとした兜のような山がある。そこが今回の目指す山である。TACTが解散して、我々山岳部仲間もやっと就職先も落ち着いたころである。須藤さんから久しぶりに山行コールが来た。懐かしい仲間を誘ってみた。生憎、魚住さんは腰痛で欠席となる。那須君と山岸君は仕事の都合で次回に誘うことにした。珍しく小泉君が参加することになった。
26日は阪神を破り一方的に千葉ロッテが優勝し日本一となる。万歳!
10月22日(土)
東京駅に須藤、小泉各氏が揃う。天気は曇り空。天気がもってくれるか心配だ。予定の特別快速高尾行、7時22分発で出発。新宿で箱崎グループの平君が合流する予定であったが、姿が見えず。車内から携帯で電話するが返事なし。このまま行くことにする。
車内では須藤さんとは1年ぶりの山行である。小泉君とは会社解散後、始めての山行となる。小泉君は再就職先が決まり、ほっとしていた。会社の仲間たちのその後を色々教えてもらった。不景気な日本を象徴しているように我々の再就職実態が物語っている。中には病気になった仲間もいるそうだ。やりきれない。......
高尾で乗り換えて、春日居町駅で下車。駅舎はなく、プラットホーム最後部が出入口である。踏み切りを渡るとトイレと駐輪場がある。用を済ませて、10時丁度に出発。雲が垂れ込んでいるせいか、気持ちまで沈みがちである。ややくねった道を北上すると国道に出た。下調べしたところでは右折して300メートル先の信号を左折するのだが、10メートル先に小さい看板で「兜山へ」とある。つい左折してしまった。ちょっと予定した道と違うなと思ったが、方向的には間違いないので進む。(バイパス道路?)道路工事中の道を横切り、平等川を渡る。川沿いを上流へと進む。岩下温泉に出た。やっと予定コースに出られてほっとする。走湯橋を渡り、葡萄畑の坂道をジグザグに登る。山腹を等高線沿いに走るフルーツラインを潜るトンネルに出た。よく分からないので、フルーツラインを歩くことにした。夕狩古戦場跡(案内看板あり)を過ぎ、いのしし村入口を通り過ぎた。平等川を渡るが、どうもおかしい。矢坪集落に来て、永昌院の道路標識を見た。明らかに行き過ぎている。30分はロスである。棚山も一緒に登る予定だったが、中止にしよう。今きた道を引き返す。錆びかかった道路標識に兜山入口とあった。(反対側からは見えない)いのしし村入口でよかったのである。西平等川沿いに林道を歩く。2箇所ほど二股の道があった。常に川沿いのまっすぐな道を選ぶ。
 大分進むと、立派なお屋敷が見えてきた。表札をみると山口煙火店とある。随分奥地に花火屋さんがあるものだと納得する。花火屋さんの下の林道を進むと草むらでストップ。右側土手に兜山の標識の登山口がある。もし棚山に駒を進める場合はどの道を行けばよかったのだろうか考えてしまった。5万分の1の地図に西平等川沿いに幅員1.5㍍未満の道があるのだが!
森林の中は蒸し暑くなる。ザックの背中はびっしょり汗を掻いていた。11時47分。休憩するが虫が纏わり付いく。鎖場が無くても大丈夫な岩場だが、気をつけて登る。また一汗掻いて、12時25分に休憩する。12時40分に山林に囲まれた平らな頂上に着いた。この先に駐車場と棚山方面がある。左手に展望台がある。
展望台に行くと中年団体が休憩していた。一人のおばさんの甲高い笑い声はちょっと癇に障る。その笑い声を我慢しながら、春日居町を眼下に富士山が晴れていれば見える方向に黒岳の山並みが見えた。笛吹川のある霞がかった盆地を前に各々弁当を広げる。
午後1時40分にスタートする。以外と兜山はきつかった。棚山は到底、時間的に厳しい。棚山は省略して、元来た道を引き返す。
岩場下に右手に駐車場への近道があった。標識がなく、自信も無いので標識のある地点まで下る。花火屋ルートで戻るとただの往復になるので、やや遠回りになるが、ゴルフ場経由で帰ることにした。白いガードレールのある対岸の林道を挟んで沢沿いにやや登る。なんだか遠回りしないでショートカットしたい所だ。我慢して歩くと岩場下へ抜ける近道があった。その先にまだ新しそうな小屋のある林道に出た。
先ほど恨めしく眺めたガードレールの舗装された林道を歩く。振り向くと兜山と中腹にある花火屋が見えた。ゴルフ場のある坂道を登りきったところからかさ雲の富士山がうっすらと見えた。1日の苦労が多少報われたかな!
収穫後の葡萄畑の急坂を通り抜けると、今朝のフルーツライン下のトンネルに出た。そのまま岩下温泉の看板に沿って下る。時間にも余裕があったので、山梨県で一番古い温泉に入ることにした。3時30分。
本館を通り過ぎて、川を渡って左手に旧館がある。300円を払って急いで風呂に入る。4時に温泉から出て、4時31分の高尾行に乗った。(春日居駅下りホーム向こうのターミナルに足湯があり、5,6人の旅人が休んでいた。)
例の如く、大月の桂(京風ラーメン店)により、また楽しい夕げが始まった。奥さんの話によると登山客がぐっと減ったようである。我々も顔を出したいところではあるが。
我が家に10時前に着いた。


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第275回 岩木山<青森県/最高峰> [登山]


実施日:平成17年9月13日~16日
目的地:岩木山(青森県最高峰/標高:1625メートル)
メンバー:単独(54才)

1週間前に台風14号が九州中国地方に記録破りの大雨を降らせた。各地で土砂災害や川の氾濫で水浸しになる。被災地は復興作業で大変である。と間もなく台風15号が発生し、石垣島付近から中国大陸に上陸した。個人的には息子が蘇州に住んでいるのでこれも困る。しかし今回の山登りとは縁がなくなりそうだと喜んでいたが、急遽カーブして朝鮮半島を通過して、日本海に向かいそうである。今回の目指す所は青森県の岩木山である。天気予報では台風から低気圧に変わるものの雨雲に勢いが出てきているそうである。困ったことだ。成り行きに任せ、現地で調整するしかないようだ。そんないや~な気持ちで出かける。
9月13日(火)
夜勤明けである。たっぷり時間があるので、山仕度を念入りに。特に雨具と防寒具は。
夕食を済ませ、風呂に入り、ゆっくりしてからPM8時頃、家を出る。東西線で大手町へ。東京駅前の中央郵便局前に9時に着いた。11時集合。余りにも早すぎた。今回の足は夜行バスである。しかも名の知られていない旅行会社なのでちょっと心配だ。京浜急行と弘南バスが定期便の夜行バスを運行している。当初これで行くつもりであったが、インターネットで調べているうちに、このバス会社より半額以下で行ける事がわかった。さっそく飛びついて、予約と入金も済ませた。
所が時間になり、「○○ツアーの青森、弘前行きのお客様、受付いたします。」と何処からきたのか若いおねえさんが声を張り上げている。予約した旅行会社から「○○ツアー」なんて会社は一言も聞いていない。とりあえず、おねえさんに聞いてみたら、これで良いらしい。都心東北交通と書かれた観光バスに乗り込んだ。まあ安いことだし、細かいことは抜きにすることにした。
乗客は若者がほとんど。ちょっと場違いな所へ紛れ込んでしまったかなと思った。でも山の格好をしているので、なんとなく私も若く見えそうだ。
9月14日(水)
隣に座った横須賀の青年と話が合う。息子と同じ年頃だ。
 佐野、国見、岩手山の三つのサービスエリアで休憩。岩手山SAで小雨が降ってきた。外れてほしい天気予報だが、現実になってきそうである。
東北道を降りると、夜明けと共に雨も強く降ってきた。頭の中で作戦会議である。予報では午前中まで雨が持つようなことを云っていたが、大分早まってきた。百沢から頂上までのルート(4時間)はまず中止にしよう。8合目までバスで行き、頂上をピストンなら出来そうだ。低気圧との競争である。弘前でバスを乗り換えるのだが、このバス(いわき荘行)との連絡は8時10分発である。しかし8合目まで行くスカイラインバスと接続がないのである。どっち道、次のバス(枯木平行/9時15分発)しかない。
この夜行バスも町に入ってやや渋滞し、停車場所に着いたのは7分遅れの8時7分である。この場所からバスターミナルまでは5,6分掛かる。8時10分には間に合わない。予定コースでは危ないと神様が渋滞にし、遅らせてくれたのだろう。
横須賀の青年をJR弘前駅まで傘に入れて、別れた。イトーヨーカドー裏のバスターミナルはすぐ分かった。
窓口で900円の乗車券を買い込み、9時15分の小型ワンマンバスに乗る。雨の中、市内を抜け、岩木山山麓のりんご畑を走る。
百沢(岩木山神社も含む)温泉を過ぎて、岳温泉に10時6分着。雨宿りする場所がないので向い側の公衆トイレへ。
まもなくシャトルバスが来た。若い運転手さんだ。上(山のこと)は寒いそうだ。車内は暖房が凄く効いている。乗客は私ひとりである。10時15分発。有料道路に入り、いろは坂並のジクザクな道を軽快なハンドルさばきとアクセルワークで昇る。その間、私は雨具とオーバースパッツを身に着けて、ホッカロンを一枚ポケットに仕舞い込み、雨中行軍の準備は整った。
終点の8合目に着いたらしい。観光バス3台が停車している。中年の観光客が傘を片手に売店を往来している。この天気ではリフトも停止しているし、ドシャ降りの雨では景色どころではない。せめてお土産を買いに売店に行くしかない。
私も売店に入る。食堂からわざわざ私のところへ話し掛ける人がいた。頂上をピストンして戻ってきたとの事。そういえばゴミ箱に雨具が干してある。途中から風が強いと忠告してくれた。私も頑張ろう!。10時50分に出発。
登山道はこの雨量で小川に化けていた。進むうちに斜面の白樺の幹が真っ直ぐに伸びずに、真横に延びている。白樺は天に向かって真っ直ぐのイメージがあるが、ここはそうはいかない。厳しい自然と闘っている姿が真横の白樺なのである。この姿がこれから味わうであろう私への暗示なのである。
森林地帯が急になくなり、岩肌がむき出してきたところにリフトへの看板がある。ここらあたりから風と直面する。11時20分、やや平坦な場所に避難小屋がある。中に入り一休み。
小屋を抜けると突如、下山者に遭う。「やっと人に出会った」と口走っていた。百沢から登って来たらしい。さぞかし心細かったのだろう。
また登りがきつくなり、風も一段と強くなる。薄らぼんやりと小屋が見えてきた。11時45分、頂上だ。小屋の裏にある祠の前に出たら、吹っ飛ばされそうだ。僅かな岩陰に身を寄せ、すぐ小屋へ戻る。
避難小屋のドアに括り付けられている針金を取りほぐして中にはいる。中はきちっと整理整頓されている。まずはザックを置き、頂上の証明となる標識(石)を撮影しよう。デジカメを持って出た、ここも風の吹きさらしで標石に書かれた文字の判読も許されない写真しか撮れなかった。止むを得ない。
小屋に再度戻る。タオルで顔を拭う。デジカメの電池も寒さにより、消耗が早い。電池を交換する。さ~てと、昼飯はどうしょうか!ここにしばらく居たいが、低気圧が接近中である。長いは無用。飴を2、3個口に放り込む。
午後0時15分下山する。
たいした岩場ではないが、風が登りの時より強烈になってきた。気を引き締めて降りる。メガネが曇る。ザックカバーが飛ばされそうになる。足元が悪い。身を屈めているが、岩にこびりついている虫けらを吹き飛ばそうとしている鬼が居るのだろうか。虫けらの気持ちがよく分かる。一瞬風が弱まったときに一歩ずつ降りるしかない。ときたま、ビシッ、ビシッと雨粒が雨具に容赦なく叩きつけるのである。
やっと岩場から離れてホッとする。もうひとつの避難小屋を過ぎ、リフトとの分岐からは風がなくなる。
1時に8合目の売店に着いた。バスで上がって来たときの様子とは一遍して、観光客は一人も居ない。売店のおばさんとスカイラインバスが一台だけである。舗装道路は何筋も勢い良い小川になっている。
売店に入り、雨具を脱ぐ。下着、靴下はびしょ濡れ。まずは食堂で暖かいたぬきそばを一口、そして缶ビールで咽喉の渇きを解消する。
濡れた雨具類をビニール袋に押し込む。1時45分のバスであの若い運転手と山から下りる。不幸にもバスがチェンジされていて暖房が故障して寒かった!
岳温泉で弘前行きのバスに乗り換えて、百沢村のあすなろ荘前で下車。1本先の道を右折した所に立派な保養所がある。そこがあすなろ荘である。
 ここもインターネットで調べた超格安宿である。ウィークデーサービスで1泊2食付、6500円である。夕食は豪勢で腹いっぱいとなる。山は最悪な状態であったが、ここは天国にいる気分である。湯に3回も浸かってきた。
津軽青森地方は相変らず、明日明け方まで大雨洪水注意報が出ている。
9月15日(木)
雨はうそのように晴れ渡っている。岩木山山頂は雲に覆われているが青空である。宿を後にして、着替えた服で気持ちも爽やかである。岩木山神社を散策する。神社の脇に川があり、数年前に土砂崩れで村民が何人か犠牲になっていた。今は記念碑があり、付近の住宅は近くの安全な場所に移されていた。今年は本当に雨による被害が多かった。人間の計り知れない物がある。備えあれば憂いなし。これは地方行政だけではなく、国の姿勢にも当てはまることである。私個人にも云えることです。今回の山登りでも反省点がありました。特に雨具の点検が不十分でした。間違えれば命取りに成る事だって!
午後は弘前市内、特に津軽藩ねぷた村、弘前城公園を見物した。夜行バスまでたっぷり時間がある。ベンチに座っている時間もやたらと長かった。

<参考>
歩行時間:1時間40分
8合目<30分>避難小屋<25分>頂上<休憩30分/45分<8合目>


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第274回 黒川鶏冠山<大菩薩周辺> [登山]


実施日:平成17年7月29日
目的地:黒川鶏冠山(標高:1710メートル)<大菩薩周辺>
メンバー:箱崎会(2名)

最近、ロンドンでテロ事件があり、東京で震度5強の地震、そして台風6号と騒がしい毎日である。そんな中、会社を辞めた平君から山の催促があった。暑い時期でもあり、慎重に考えた結果、黒川鶏冠山に決めた。
7月29日(金)
朝、3時30分に起きる。急いで出発準備。4時に家を出る。サンクスで朝食用のおにぎりを買う。首都高速の用賀で降りる。平君の所は狛江市である。環八から世田谷通りを通り、待ち合わせ場所である狛江市役所へ。予定通りの5時丁度に着いた。彼が居るかちょっと心配したが、ちゃんと待っていた。彼を拾い、甲州街道から調布インターに入る。
石川パーキングでトイレタイム。空は曇り空だが、そのうち夏の日差しになってくるだろう。
上野原で降りて、甲州街道に出て、すぐ小菅方面への道路に入る。小一時間かけて丹波村に着いたが、青梅街道は封鎖されていた。やはり台風の影響で丹波から落合間が土砂災害で通行止めである。それにしても残念。目的地は目と鼻の先である。物凄い遠回りになる。中央道へ戻らないといけない。幸い時間が早いので、計画通り進めることにした。
ややスピードを上げて、松姫峠を越えて、大月へ出た。甲州街道はやや通勤時間帯に入るのか混んでいる。インターからまた中央道に入り、勝沼インターで降りる。塩山市でナビゲーターに翻弄されたがようやく411号線に出られた。峠道は昔とは一変して、ループ橋を駆使して通り易くなっていた。通行止めの影響で車は少ない。柳沢峠に9時26分に着いた。市営駐車場には一台、車が留まっているだけである。しばらくするとタクシーが一台到着。2人の登山者が降りた。軽く体操をして、9時40分に出発。2人の登山者に会釈して、先行する。
ブナ林の中を歩く。どうやら直射日光は避けられそうだ。
登山口が多いのだろうか。分岐の標識が目立つ。とても緩やかなハイキングコースであり、体一杯に森林浴を受ける。道幅も広い。東京都水道局の手入れが行き届いている感じである
10時20分に六本木峠に着いた。丸川峠方面との分岐である。我々は黒川山方面へ進む。緩い傾斜を下ると林道に出た。少しガッカリする。もうすこし険しい山かなと思っていたのだが。林道を横切り、道幅の広い山道を更に進めると、落合村の分岐である。ここからやっと登山道らしくなり、尾根を巻く形で少し登ると、黒川山頂上の下に来る。我々はこの先の鶏冠山へ向かう。一遍下り、少し険しい岩場を登って、また下り岩場を右へ巻くと、鶏冠山奥宮の祠がある。11時26分。展望が急に開けた。東側の山並みが綺麗に見える。南側には大菩薩嶺がどっしり鎮座している。この下は断崖絶壁である。よくよく下を見ないと気がつかないかも。
来た道を戻り、黒川山へ登る。あっという間である。林に囲まれて展望はない。標識と三等三角点がある。
ここで昼食にしようと思ったが、この先に見晴台があるのを思い出し、ザックの口を締め直し、林の中を200メートルほど先へ進む。ポッカリ浮いた岩場に出る。鶏冠山とは反対で西側の山々が展望できる。しかし遠望できるはずの山々は雲で覆われている。かすかに金峰山らしき山影がうっすら見える。
12時丁度。昼飯にする。しかし低木の小さい花があるせいか、大きなアブが我々をやや威嚇気味で我々の周りを徘徊するのである。
12時50分に下山開始。来た道を戻れば良いので、到って簡単。森林の中の広い登山道では折角の麦藁帽子も活躍の場がなかったようだ。でもずっと被り通して来た。
駐車場には午後2時20分に着いた。ほぼ計画書どおりになった。余裕があったので、落合方面へ降りて、様子伺いに。横手峠の入口(林道)を確認して戻る。
裂石からぐっと下った所に塩山温泉保養センターがある。駐車場は車で一杯。地元の桃屋さんも少しは救われたかな。我々も桃屋さんに車を横付けする。桃を買うのだが一箱700円を500円にしてくれた。大分熟してきているのだろうか。桃2箱とプラムとソルダムも買い込む。おそらくこの時期に通行止めの影響は多大な収益減だと思われる。
談合坂で休憩し、府中から渋滞に入る。我々は調布で降りたので、良かったと思ったが、平君曰く、世田谷通りと用賀からの首都高は物凄く混むとのこと。調布出口から甲州街道へ出るのに渋滞。彼を狛江市内で降ろしたら、世田谷通りは全く動かない。用賀から首都高に入るが、霞ヶ関まで90分かかる。用賀パーキング、午後6時30分。我が家へ留守電に遅くなることを告げる。
3号線がややスムースに動いてくれたので、我が家に8時30分頃に着いた。近くのマルエツで焼き鳥と500ml缶のビールを買い、奥さんの本日(仕事)の慰労も兼ねて祝杯をあげる。

参考
歩行時間:3時間50分
柳沢峠<40分>六本木峠<1時間5分>鶏冠山<35分>黒川山見晴台<50分休憩/1時間30分>柳沢峠

[費用概算]
高速代             5850円
GAS代            6036円(440Km)
合計              11886円


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第273回 茶臼山・萩太郎山<愛知県> [登山]


実施日:平成17年5月18日~19日
目的地:茶臼山(標高:1415メートル/愛知県最高峰)・萩太郎山(標高:1360メートル)
メンバー:単独

亮(息子)が今月11日に上海に赴任していった。本社の課長待遇である。私に遠慮したのか、妻に内緒で言っていったらしい。若くしてスピード出世である。大変よいことだが、中国の国内情勢が悪いことと、息子の健康を害さないように、充分気をつけて、仕事に励んでもらいたい。
山に転じて、今年は都道府県最高峰めぐりとして春に愛知県、秋に青森県を目指す。今回の愛知県は登山というよりもハイキング程度の内容である。会社から1日休暇をもらう。
5月18日(水)
夜勤明けであったのだが充分、仮眠できなかった。前日まで天気予報は雨であった。幸いにして低気圧が日本海から北海道へ抜けるらしい。ラッキーである。
夕食後、午後8時に妻に見送られて、愛車、三菱シャリオグランディスで出かける。
千鳥町から高速に入り、石川PAで休憩。次に談合坂に9時30分に着き、缶コーヒーで少々眠気を抑える。諏訪湖SAに11時25分に到着。駐車場は大型車で一杯である。乗用車は売店前に10台位留まっていた。休憩場でカレー饅を買い、車内で食べる。早く寝ることにする。
5月19日(木)
街灯の明かりを頼りに時計を見ると、4時2分である。さあ起きなくては!寝袋を畳み、倒した座席を元に戻した。朝食にしようかなと思って店内に入る。たが、軽食コーナーには手ごろな物がない。売店でおにぎりとお茶を買う。まだ食欲が湧かないので後回しにして4時20分に出発。岡谷インターを過ぎると山間の天竜川に沿って走る。周りも明るくなってきた。胸がワクワクする。だがアルプスの峰々は白一色。
路面が濡れているのだろうか、トラックに追い越される度にフロントに飛沫が付着し、前方が見えなくなる。
5時30分、駒ヶ根SAで休憩にする。おにぎりを食べる。便通も催してきたので、トイレへ。私だけ腹ごしらえをしたのでは申し訳ないので、愛車にも。
飯田インターで降りる。一般道を左折し、更に左折する。国道153線に出るので、また左折である。高速道と平行して走り、やや山深い所で高速道と離れる。治部坂高原スキー場を通り過ぎ、平谷村で左折した。ナビは直進になっていたが、私なりの拘りで曲がる。売木村で役場前を右折する。登り詰めると茶臼山高原である。
6時50分、矢筈池のレストラン前の広い駐車場に車を留める。私の車1台だけである。登山靴に履き替えて7時20分に出発。先ほど通り過ぎた、ロッジ先に登山口があった。看板があり、頂上まで20分とある。ちょっと楽しすぎるなあ!と思いつつゆっくり登る。地面は大分水を吸っているのだろう。やや泥濘一歩手前である。木に札がかかっている。ウラジロモミと書かれている。モミの木である。分布場所などが記されていた。私みたいな植物音痴には丁度よい。
小さい岩を過ぎると、大きな雷岩に出る。そして更に上に登ると立派な高さ5メートル程の展望台がある。展望台にあがるとアクリル板で描かれた一枚のアルプスの絵は無残にも砕け散っていた。元の形に並べてみたが、大分不足している。
風が強い。アルプスの山も雲の流れにあるのであろう、落ち着かない山脈の風景だ。カメラに収めるにしても何処の山なのか判別し難い。
展望台を後にするとすぐ頂上である。7時50分。ここにも立派な木造の見晴台がある。眼下にはスイスアルプスを思わせる緑鮮やかな牧場が広がっている。山々の景色は相変らず、雲が邪魔をしている。ここは諦めて、前方にある萩太郎山へ向かおう。もっと天気が回復するかも知れない。8時05分に下山する。
ミズキ、モミの木、ブナと樹林帯を降りると茶臼山高原の看板に出る。さらに右方向へ進むと樹林帯から抜けられる。草原地帯に出るとファンタジーな世界へ引き込まれそうになる。誰もいない。静寂な世界である。ニンフがヒョコリ現れそうな雰囲気だ。....
スキー場の駐車場に着くと、8時30分前である。予定では今からスタートする時間である。大分予定より早い。
今日はここへ着てまだ誰一人として会っていない。静かでよいのだが。
ゲレンデを横切る車道を登る。リフトの中ごろに小さい馬舎があり、2頭の馬が私のほうを見ているようだ。
8時50分に頂上に着いた。風がやたらと強い。帽子が飛ばされそうである。頂上の反対側にはアンテナの鉄塔が3本建っている。コンクリートの東屋でお湯を沸かす。但し柱とザックと私の体を衝立代わりにして!
カップ麺(餅入り)にお湯を注ぎ、3分待つ間、アルプスと富士山を写そうとカメラを構える。が雲の切れ間が悪くタイミングが取れない。やっと切れ間が来て、写した。カップ麺は既に10分経っていた。
9時30分に下山する。緑で覆われた茶臼山を前方に見て、ゲレンデを横切る。下から賑やかな子供の声?が聞こえてきた。茶臼山左手の車道からぞろぞろと人が見えてきた。結構な人数である。駐車場で合流する形になった。学生達である。女の子のおしゃべりでやや騒がしい。茶臼山でも一周してきたのだろうか!そういえば今朝、ロッジ付近に2台のバスが留まっていた。
学生達が去り、誰もいない駐車場に9時50分到着。着替えをして、土産ものを買いに、ロッジの売店(裏が入口)へ。土産品も品不足である。この高原の人たち「商売する気があるのだろうか」と疑ってしまう。今日は木曜日。地元の温泉は木曜日が休みである。そのせいなのか、それとも観光地として知名度が低いのか。この高原の客は2台のバスと私だけである。
10時20分にロッジを出る。山を降りて、国道151号線に出る。豊川方面の車両は少ない。途中道の駅があり、停車したが、「土産物は置いてません」と店頭に張り紙がしてある。喫茶店だけの営業らしい。変わった道の駅だ。飯田線と平行して走ったが、電車の姿が見えなかった。本数が極端に少ないのだろうか。
豊川インターから東名に入る。浜名湖、富士川、海老名SAでそれぞれ休憩して、我が家に午後5時15分に到着。今夜遅く到着する筈であったが。中央道では80km平均で走ったが、東名では110~120kmで走ってしまった。

参考:歩行時間
駐車場<30分>茶臼山<15分休憩/25分>スキー場駐車場<20分>萩太郎山<40分休憩/20分>駐車場

交通費:21,010円
①高速代合計 13,250円
往(千鳥町700円、三鷹600円、飯田5,150円)
復(東京6,100円、用賀700円)
②ガソリン代 (66㍑)7,760円


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第272回 鍋割山・檜岳<丹沢> [登山]


実施日:平成17年4月17日
目的地:鍋割山(標高1272メートル)・檜岳(標高:1167メートル)<丹沢>
メンバー:箱崎会(3名)

最近、中国韓国で反日運動がはげしい。韓国政府、中国政府(中国共産党)が陰で操っているように思われる。特に中国での反日デモは警察が過激な行動を制止する様子も全くなく、不自然さを感じる。日本領事館や民間の建造物、日本製品に直接危害を与えている。共産党下の教育を受けた若者達がやりたい放題である。これらの映像を見て、日本国民は怒りを覚え、中国に対する敵対心が段々募る一方である。でも日本政府の態度も大人である。成熟されていない国家に冷静に対応している。国民としては物足りないが、報復するような行動は慎むべきであろう。お互いアジアのパートナーとして、尊敬しあえるような関係になって欲しいものだ。無論日本政府もいつまでもアメリカに依存せず、平和国家、日本国として、世界にアピールできる国力を持つべきだ。...と評論家みたいなことを書き立てたが、今私自身、中国に物凄く興味があるのである。宮城谷昌光氏の本が面白く、夢中になっている。我々は中国の歴史の中から、学ぶことが非常に多い。温故知新ではないが、目まぐるしい科学の発達で何か取り残されていく部分を人間として取り戻さなくてはならないものがあるような気がする。山を愛する人間として、自然と付き合う方法も考えなくては!
4月17日(日)
順延したおかげで晴れた山登りが出来た。月(仮称/バス停)から朝一番のバスに乗り、船橋駅を6時15分の各駅停車の電車で新宿へ。7時03分に新宿に着いた。20分、全員揃い、小田急線の急行に乗る。新松田には前回も来ているので、迷うことなく、9時05分発の寄(やどりき)行きのバスに乗った。大分春らしくなったのか、バスは満員である。但し、乗客は全員、中高年者。
9時30分、軽い体操をして出発。河沿いの土手の車道を2キロほど歩く。桜も大分散り始めてきている。今回の計画では、シダンゴ山から秦野峠を抜けて、*檜岳(ひのきだっか) 、雨山経由で下山であった。しかし二人の要望で鍋割山に是非登りたいという希望を入れて、逆回りして、先に鍋割を登ることにした。当然歩行距離は伸びる。きつい山行になることを覚悟する。
10時20分にやどりき大橋に着く。こここから先は通行止めである。周りにキャンプ施設のある林道を進む。10分ほどで登山口につく。山の斜面を登りつつ、寄沢を数回横切る。
11時28分に分岐のある沢に出た。沢方面に鍋割峠、真っ直ぐが雨山峠である。迷うことなく、鍋割峠の標識のある寄コンバ沢に入る。おそらくここらに峠の道があったのだろう。それに気がつかず、沢の記された岩に書いたマークと木に巻きつけたテープを頼りにグングン沢を詰めてしまった。序々に印がなくなり、踏み跡も無くなった。まさしく私の失敗である。かなり沢の上部に来てしまったので、引き返さず、沢の直登を避け、尾根に這い上がることにした。足場の悪い岩場と木の根っ子を頼り登る。落石を起こさないように慎重に登った。二人の未経験者にけわしい沢登りの経験をさせてしまい申し訳なく思う。事故だけは起こすまい。
12時40分。やっと危険地域を抜け、草原のある斜面に出て、後沢乗越の稜線に出られた。無事安堵する。
急に登山者が増えた。8分後に山頂兼山荘に着いた。柵で囲った草地に登山者が大勢休憩していた。我々も草原地帯に入り、昼食にする。二人は山荘で缶ビールを買い込み、早くも祝宴を上げていた。前方にこれから行く雨山と檜岳が我々の挑戦を待っているかのように対峙している。(すこしオーバーでした)その先に富士山が見えるのだが霞で影形もない。
午後1時30分に出発。通行の多い塔ノ岳方面と別れ、静寂の山へと向かう。道は急に下り、鍋割峠に出る。そしてまた登る。きつい山を登りきるとカヤノキダナの頭に着く。鎖場が何ヶ所かあり、痩せ尾根状態が雨山まで続く。途中、あせびの花(3m位の木。枝先に鈴なり状に鈴蘭のような白い花がついている。ツツジ科)が綺麗に咲いていた。
2時30分、雨山峠。しっかりした標識がある。
3時03分。鍋割の疲れが響いたのか桑野氏がキブアップ。休憩して雨山頂上に到着。ここから先は比較的楽になる。
3時27分に檜岳に到着。さりげなく1本の古い柱に山頂の名前が読み取れる。
4時丁度に伊勢沢の頭に到着。前方をやや見上げてよく見ると霞の中にほのかに富士山のシルエットがわかる。そして下山するとともに丹沢湖も姿を現す。
4時25分に秦野峠に着いた。古木の休憩テーブルがある。左にしっかりした道があるが、右にシダンゴ山の標識があり、それに従う。やや曲がりくねった尾根道を歩き、二俣の道に小さい杭に左、シダンゴ山とある。誰が書いたか知らないが親切な方がいたものだ。大変助かる。まもなく立派な三叉路の車道が眼下に!
4時45分に林道秦野峠に着いた。シダンゴ山をやめ、約8キロの車道を寄まで歩く。ここでホッとしたのか桑野氏から、きついコンプレーンがあった。彼が理想とした山歩きと私独自の山行計画とのズレが原因なのか。彼が批判するだけの力があるという事は、実力が備わったということだ。お互い目指す山登りをすればよい。趣味なので、むきになることもない。私も反省し、気心の知れた人だけで出かけることにしよう。
6時29分に寄バス停に到着。35分のバスが5分遅れで到着し、我々3名を乗せて、新松田へ。駅前の立ち食い蕎麦屋さんで食事をして帰る。我が家に10時30分頃に着いた。

<注*>
ひのきだっか:檜岳はヒノキダッカと寄ではよばれている。ダッカに対して岳の字を当てたらしい。

参考記録:歩行時間8時間20分
寄バス停<50分>やどりき大橋<10分>登山口<1時間>沢/分岐<1時間10分>後沢乗越・稜線<8分>鍋割山<40分休憩/1時間>雨山峠<32分>雨山<25分>檜岳<40分>伊勢沢の頭<20分>秦野峠<20分>林道秦野峠<1時間45分>寄バス停


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